覚え書:「みんなの広場 『核発電』と呼び変えよう」、『毎日新聞』2013年04月13日(日)付。



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みんなの広場
「核発電」と呼び変えよう
中学校教員 59(大阪府茨木市

 物の名前は、その性質や本性が明確になるものがいい。「原子力発電」という名称も、その性質がより分かる「核発電」とすべきではないだろうか。
 原発核兵器も核物質、核分裂を利用する点で共通しており、核兵器を最初に製造した米国など英語ではどちらも「nuclear(核)」を用いる。それが日本ではなぜか、一方が核兵器で、他方は原子力と異なっている。最初に正しく和訳されていれば、原発について私たちはもっと敏感になり、原発事故やそれに伴う放射能の危険性を真剣に受け止めていたと思う。
 日本人が外国の文化、文明の吸収に努めた明治初期、福沢諭吉がスピーチを訳したといわれる「演説」などすぐれた訳語が生まれ、今もよく使われている。次代を担う子供たちのためにも、今後は「核発電」という言葉を使っていくことが適切だと思う。特にマスコミに要請したい。
    −−「みんなの広場 『核発電』と呼び変えよう」、『毎日新聞』2013年04月13日(日)付。
 

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覚え書:「今週の本棚:高樹のぶ子・評 『神隠し』=長野慶太・著」、『毎日新聞』2013年04月14日(日)付。




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今週の本棚:高樹のぶ子・評 『神隠し』=長野慶太・著
毎日新聞 2013年04月14日 東京朝刊


 (日本経済新聞出版社・1575円)

 ◇謎を超えて人間存在に迫る“本末転倒”の魅力

 小説の最初に置かれた謎が、最後には解かれなくてはならないのがミステリーの掟(おきて)だとすれば、この掟は作品の自由を制限するのだろうか。

 掟があるからこそ、この器に様々なテーマを盛り込むことが出来るのだとも言える。

 自由律の詩より俳句や短歌の方が、貪欲放恣(ほうし)に感性を踊らせることができて、しかも読者にすれば音律の快があるので読みやすいという事実を、ミステリーに援用するのはいささか強引であるにしても。

 謎は心の平安を乱し、読者はどうにかして解答を得ようとする。暗闇の中に置かれれば、出口を探し求めるのが人間の本能。この本能を利用してミステリーは成立していることを認めなくてはならない。

 謎は解かれなくてはならないが、解かれる謎には様々なレベルがある。

 殺人事件が起き犯人が判明すれば、それですべて解決される少年探偵団的小説から、事件が起きる背景をえぐり、社会や時代のテーマを炙(あぶ)り出す作品、はたまた人間心理に巣喰(すく)う狂気にまで手をのばしたりと、層も深さも様々あるけれど、エンターテインメントでは謎が謎のまま残されることは許されず、最後まで読み進めて来た読者に何らかのカタルシスを与えなくてはならない。

 となると、そのカタルシスの質と余韻の強さで、作品の力が問われることになる。

 セキュリティ・チェックがもっとも厳しい空港のセキュリティ・チェックポイント内で、子供が消えた。あり得ない事件を最初に置いて、その謎を解いていき、読者を見事に得心させるのが本作だ。エンターテインメントとしての要件を十分に満たしている。

 この謎解きの筋道は、何が何でも通さなくてはならないのだが、それだけでは読後のカタルシスと余韻は小さくなる。ああそう来ましたか、でおしまい。

 カタルシスの質と余韻を大きくするのは、実は表向きの筋道ではない。骨組みではなく血管や筋肉あるいは細胞という、入り組んで絡み合う他の要素だ。人体に譬(たと)えるのが相応(ふさわ)しいほど、あやふやで曖昧、割り切れない人間性、つまり合理的な筋道に反するものによって、カタルシスと余韻が与えられるのである。

 論理的で整合性のある骨組みと、論理や整合性では扱えない人間存在の実態を、どう組み合わせ調和させるかがミステリーの要諦だとすれば、筋道を辿(たど)ることで、やがて深々とした人間の実情に導く本作は、ミステリーの王道を行く成功例と言える。

 空港のセキュリティを通過した「密室」で子供が消えたという謎は、空港という特殊な場所の盲点だけでなく、国際間の法的なシステムの違いなどを一つ一つ解きほぐすことで明かされていくのだが、その謎が解かれたあとにも、処理できない親子や夫婦の情が残される。

 ミステリーとしての表側の筋道骨格が最終決着を見たあたりで、突然吹き上がり横溢(おういつ)し、胸に広がる切ない読後感は、必死で辿ってきたはずの理路を消し去り、さほど大事なことでもなかったのではと思わせてしまう、つまりは本末転倒。

 ミステリーを読む愉(たの)しみは何か、と自問すればまずは謎解きの筋道を追うことだろう。しかし筋道などは頭脳と取材で数理的に作りあげることも出来るのだ。頭脳と取材で作れないものこそ、実はこのジャンルを支えているのだと、あらためて自己矛盾に気付かせてくれるのもミステリーの魅力である。
    −−「今週の本棚:高樹のぶ子・評 『神隠し』=長野慶太・著」、『毎日新聞』2013年04月14日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130414ddm015070027000c.html








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覚え書:「今週の本棚:湯川豊・評 『無地のネクタイ』=丸谷才一・著」、『毎日新聞』2013年04月14日(日)付。




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今週の本棚:湯川豊・評 『無地のネクタイ』=丸谷才一・著
毎日新聞 2013年04月14日 東京朝刊


 (岩波書店・1470円)

 ◇名人芸をたっぷり味わう最後の軽エッセイ集

 丸谷さんがいちばん最後まで連載をつづけた(「図書」)、短いエッセイをまとめた本である。全集をはじめこれからも丸谷さんの本は編まれていくだろうが、これは最後の本の一つということになる。そして軽妙なエッセイの名人芸をここでもたっぷりと味わうことができた。

 一編は雑誌の見開き二ページほどで、ごく短い。そのせいもあるのだろうか、私が「お楽しみエッセイ」と呼んでいた丸谷さんの文章のなかでは、わりに単刀直入という感じの発言が多い。そこが、この本の第一の特徴といえそうだ。たとえば、将棋の升田幸三の発言にからめた文章論。

 「ぼくは、いくら名文を書いたといっても、読んでツヤのない文、楽しみのない文を書いてもしかたがないと思う」(升田幸三『勝負』)

 という升田の発言を、丸谷さんは文学の局外者による卓抜な文章論とし、現代の文芸評論に責任がないか、と言葉を継ぐ。文芸評論は「思想と観念を重んじるあまり美を軽んじた」、そして大切な文章の巧拙を無視した、とズバリ直言する。

 この短文集の第二の特徴は、すべてが何らかの意味で文明のあり方の考察であることだ。発表の場所が「図書」であるのが、意識されてもいるのだろう。文明のよき方向への発展を願う、丸谷さんのいつもの姿勢がくっきりと出ている。

 たとえば、しっかりした引用句辞典が欲しいと語る「ほしい辞書」。「暮春には春服既に成り……(中略)わたしの憧れる生き方である」という文章に出会って、その出典を「春服」を手がかりに調べたくなるではないか。それに対応する引用句辞典がわが国でとぼしいのは、明治以後の近代化を乗り切るために、古人の名文句や名台詞(せりふ)という積荷をあえて捨ててしまったからだ、と急所をつく発言。

 その上で、日本人は最近になって引用句のとぼしい文化の寂しさに気づいたようだ、と指摘する。齋藤孝氏の『声に出して読みたい日本語』が人気を博したのは朗読のすすめという性格もあるけれど、より根本的には、過去と断ち切れて薄れてしまった日本語の生命力を、古典からの輸血によって取り戻したい気持のあらわれであるという。

 引用句辞典という、丸谷さん得意のフィールドで話をすすめながら、ふっと飛躍して文明のあり方に及ぶ。丸谷さんだけに可能、といいたくなるような説得力がある。

 もう一つこのエッセイ集に際立つ点を挙げるとすれば、時事的な話題をごく自然にとりあげていることだ。とりあげながら、不要に暑苦しくなりすぎないのが、いかにも丸谷さんらしい。

 たとえば、日本人が世界でもとび抜けて死刑肯定の気分が高いのはなぜか、という考察。古代からの「御霊(ごりょう)信仰」に結びつけて考えをすすめる姿勢はきわめて柔軟で深い。

 また、3・11東日本大震災にも、ふれている。雑誌「東京人」の地震特集をほめながら、東京に巨大地震が起きたとき、千代田区の避難所が考えられていないのが不思議で、皇居を開放するべきだと発言する。原発問題では、伊東光晴氏の論文をなぞるように紹介しながら、はっきりと脱原発に向かうべきだと、その可能性の根拠まで探りながら主張している。

 硬い話ばかりの紹介になったが、ついニヤリとする文章にもむろん事欠かない。「パーティといふ祭」では、五十代以上の女性は威勢のいい色づかいの服で参加してください、と勧めている。何やら最後まで色っぽいことを考えつづけた丸谷さんを思い、楽しくなり、そして寂しくなる。
    −−「今週の本棚:湯川豊・評 『無地のネクタイ』=丸谷才一・著」、『毎日新聞』2013年04月14日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130414ddm015070024000c.html






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