覚え書:「安保法 成立3カ月 識者の話」、『毎日新聞』2015年12月20日(日)付。

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安保法
成立3カ月 識者の話

毎日新聞2015年12月20日

怒りは静かにくすぶる 憲法学者小林節さん(66)

 総理大臣が憲法9条を無視し、議会制民主主義を踏みにじって国王のごとく振る舞っている。選挙で多数派を得て胸を張っている人たちだから、選挙を通じて権力の座からどけないといけない。さもないと国民は主権者から奴隷に転落する。違憲訴訟は選択肢の一つかもしれない。しかし、裁判を起こして門前払いされたらエネルギーの無駄になる。

 正攻法は、まず来年夏の参院選に勝つことだが、どの野党も自分たちの党勢拡大しか考えていない。建前やメンツ、過去のいきさつがあり、一挙に協力態勢を組むのは難しいだろう。変則的、例外的、一時的でよい。賢く選挙協力し、野党側がまとまれば勝てる状況を作れる。

 安保関連法の成立後も、連日のように講演などで各地を回っている。市民たちの反応を見ると、主権者意識が目覚め、育ってきていると感じる。反対運動は「中だるみ」状態だが、講演に行くと会場は満員で、立ち見が出る。そして、どこの会場にも若者がいる。

 運動は下火になったわけではない。怒りは静かにくすぶり続けている。そこに理論的な風を送り続けるのが、憲法学者の仕事だ。体の許す限り、全国を回りたい。【聞き手・樋岡徹也】

日本敵視の理由なくせ シールズメンバー・林田光弘さん(23)


林田光弘さん
 安倍晋三首相は、世論が割れたまま安保関連法を強行採決で成立させた。その直後に「(国民に)誠実に粘り強く説明を行っていく」と語ったはずが、秋の臨時国会も開かず、この3カ月間、議論を遮断していた。

 その間にフランスのパリで大きなテロが起きた。事件の背景の一つとして、一般国民とイスラム教を信じる移民の格差の問題が指摘されている。安倍首相は経済政策を訴えているが、日本でも非正規雇用が増え続け、先行きの見えない閉塞(へいそく)感が私たち学生の間に強く漂っている。格差是正を求める声は高まり始めている。

 フランスのテロに関わったとされる中東の過激派組織「イスラム国」(IS)は機関誌などで、日本人をテロの対象にすると明言している。その理由に、安全保障分野で米国に追従する首相の政策判断が挙げられている。

 エネルギーの多くを中東に依存する日本にとって、どんなかたちであれ敵視されることは本来、望ましくなかったはずだ。多くの国民がテロの恐怖を感じている中で、安保関連法が本当に必要だったのか、いま一度国民に問う意味は大きい。来年夏の参院選では安保法制の是非を争点とすべきだ。【聞き手・岸達也】

盾になる自衛隊支持を 元陸上幕僚長・火箱芳文さん(64)


火箱芳文さん
 中国の台頭などで、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している。3カ月前に成立した安全保障関連法は、国を守るという観点で大きな前進だ。国民の間に「戦争をするのか」という批判があるが、集団的自衛権の限定的な容認や日米同盟の強化などは抑止力を高めることにつながり、「他国に戦争を挑ませない国」という姿勢を国際社会に示せる。

 国会審議で「自衛官のリスクの増大」について政府が明確に答えなかった。危ないと批判が集中することを懸念して法案成立を優先させる立場だったのだろうが、国民も政府も自衛隊が出た場合には危険を伴うという前提に立つべきだ。

 安保関連法が今後施行されたら、自衛隊がリスクのある任務を遂行する機会は増えるだろう。その上で、政府の最も大事な仕事は国家・国民のリスクを減らすことだ。リスクを負って盾になる自衛隊に国民が「気をつけて任務を果たして」と尊信の念で送り出せるような支持があることが望ましい。自衛官に負傷者や犠牲者が出るかもしれないという覚悟を、国民に持ってほしい。自衛隊の任務達成に対する顕彰や、万が一の場合の自衛隊員や家族の処遇も考えてもらいたい。【聞き手・町田徳丈】
    −−「安保法 成立3カ月 識者の話」、『毎日新聞』2015年12月20日(日)付。

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安保法:成立3カ月 識者の話 - 毎日新聞


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覚え書:「書評:家へ 石田千 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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家へ 石田千 著

2015年12月6日
 
◆平穏な日常に吹く風
[評者]池上冬樹=文芸評論家
 石田千の小説なので、また主語のない一人称一視点の小説なのだろうと思ったら、やはりそうで、日常が曖昧に動いていく様が実に印象的に捉えられている。文章に陰影があり、世界は生々しく立ち上がってくるが、この文体でいいのか。
 東京の美大で彫刻を学ぶ大学院生の「シン」は、新潟の海沿いの町で、母親とその内縁の夫「じいさん」との家庭で育った。実の父親の「倫さん」も家によく出入りしている。複雑ながら穏やかな関係を保つ家族だったが、シンが彫刻の修業のために留学を考えはじめたころから、小さな亀裂が走ることになる。
 という物語は、よく読まないと見えてこない。主語が省かれ、人物たちが織りなす日常生活の観察に焦点が結ばれるものの、主人公の性格を規定し、ドラマの方向を決定づける人物のリアクションがないので、物語は駆動力をもたない。
 ボブ・ディランの音楽が語られるが、ディランの歌詞のように風の中に答えを求めているのではなく、どんな風が吹いてきても、その風は人物たちの中を吹き抜けてしまい、多少の苦さだけを残していくような姿に作者は愛着があるようだ。小さな人間関係の消息を、細かい挿話を通して丁寧に描いて味わいがあり、独特の優しさが光るけれど、この文体から脱却しない限り、文学のさらなる豊かさも深さも得られないのではないか。
講談社・1728円)
 <いしだ・せん> 1968年生まれ。作家・エッセイスト。著書『きなりの雲』など。
◆もう1冊 
 石田千著『平日』(文春文庫)。上野、大手町、羽田、吉祥寺など、「平日」の東京がまとう多彩な表情を切り取る。
    −−「書評:家へ 石田千 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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家へ
家へ
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石田 千
講談社
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覚え書:「書評:中国残留孤児 70年の孤独 平井美帆 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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中国残留孤児 70年の孤独 平井美帆 著

2015年12月6日
 
◆祖国日本居場所なく
[評者]勝山泰佑=報道写真家
 「我是誰(ウォシィシェイ)(私は誰ですか)」。祖国日本に帰ったものの、身元が判明しなかった中国残留孤児の声だ。
 中国でお母さん(マーマ)とお父さん(バーバ)に育てられ、普通の家族だと思っていたある日、自分が残置された日本人だと知った<残留孤児>の驚き、苦しみ。その心を推し量ることは我々には到底できない。両親が養父母に変わる。「中国にいるときは普通の幸せあった」と言い、葛藤が読み取れる。
 著者は、三年前の関越道で起きたバス事故の運転手が中国残留孤児の息子であることに注目し、中国残留孤児の生の声に触れようと、東京・台東区にある「中国残留孤児の家」に通う。
 残留孤児たちの実の父母にひと目でも会いたいという切なる思い。今から三十年以上前の帰国した当時、多くが四十歳、五十歳を超えていた。中国にはすでに彼ら自身の家族も生活もあった。
 これは単なる聞き書きではない。「帰国」した中国残留孤児と「棄国」したその家族らに寄り添い、その居場所のない思いと平和への願いを冷静に取材したルポルタージュである。
 雨上がりの午後、評者はあきる野市の「中国帰国者之墓」を訪ねた。一九九○年建立、御影石の墓は、広がる東を向いて物言わず、二百ほどの墓誌銘が肩寄せ合っていた。
集英社・1836円)
 <ひらい・みほ> 1971年生まれ。ノンフィクション作家。著書『獄に消えた狂気』。
◆もう1冊 
 井出孫六著『終わりなき旅』(岩波現代文庫)。残留孤児を生んだ満蒙(まんもう)開拓団の歴史を追い、国策による悲劇を描く。
    −−「書評:中国残留孤児 70年の孤独 平井美帆 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015120602000185.html








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中国残留孤児 70年の孤独
平井 美帆
集英社インターナショナル
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覚え書:「書評:微生物が地球をつくった ポール・G・フォーコウスキー 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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微生物が地球をつくった ポール・G・フォーコウスキー 著 

2015年12月6日
 
◆電子の移動で生命を結ぶ
[評者]中野不二男=ノンフィクション作家・京都大特任教授
 「それまで見たこともなかったような奇妙な信号を記録した」
 トルコ北部の黒海で、光合成を感知する装置で調査をしていた著者たちが気づいたのは、酸素もなければ光も1%しか届かない百メートル以下の水中からきた信号だった。太陽光がほとんどない深さだ。植物プランクトンからではない。ということは、わずかな光で光合成をしているのだから、地球に酸素のなかった頃から棲息(せいそく)している微生物の名残だ…。難解そうなタイトルの本だが、この“奇妙な信号”の話につられて読んでしまった。
 「地球上のすべての生命の原動力となるエネルギーは、つまるところ太陽に由来する」。ようするに生物は太陽からの光子により電子の移動を促して光合成し、自らのカラダを作り、遺伝子を作って増殖してゆく。それを食物連鎖の上位にいる動物が摂取する。ということは、「動物はエネルギーをすべて、光合成する生物に頼っている」。そのうえ私たち動物の体内では、代謝のみならず神経伝達なども、細部を見れば電子の移動で行われている。
 つまり、生命活動の基本は電子の移動にあるようだ。このあたりまで読み進むと、全篇を通じて著者が微生物による光合成や電子の移動にこだわっている理由に合点がいく。ようするに微生物とは、電子の移動を通じて地球上の生命と密接にリンクしているのだ。
 NASA(米国航空宇宙局)には、「惑星保護室」という部署があるという。火星など他の惑星へ探査機を送るとき、地球の微生物がその環境を汚染しないよう、あるいは他の惑星から持ち帰るサンプルが地球の生命に影響を及ぼさないようにするのが任務らしい。黒海の微生物の光合成を知ると、たしかにSFでは片付けられない。
 それにしても、黒海から火星にいたるまで、電子の移動を主役にして、よくもまあ、ここまで緻密な論理を組み立ててきたものである。お見事!
(松浦俊輔訳、青土社・2484円)
 <Paul・G・Falkowski> 米国の海洋生物学者。ラトガース大教授。
◆もう1冊 
 山岸明彦著『生命はいつ、どこで、どのように生まれたのか』(集英社)。地球外生命体の存在や地球最初の生命誕生の謎に迫る。
    −−「書評:微生物が地球をつくった ポール・G・フォーコウスキー 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015120602000186.html


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微生物が地球をつくった -生命40億年史の主人公-
ポール・G・フォーコウスキー
青土社
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覚え書:「危機の真相:今年の漢字1文字 「安」は何の「安」?=浜矩子」、『毎日新聞』2015年12月19日(土)付。

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危機の真相
今年の漢字1文字 「安」は何の「安」?=浜矩子

毎日新聞2015年12月19日
 2015年を漢字1文字で表せば「安」ということになった。日本漢字能力検定協会が毎年行う公募調査の結果だ。安倍晋三首相の「安」。安保法制の「安」。異常気象やテロがもたらす不「安」。これらを理由に多くの人々が「安」を選んだのだそうだ。

 こんな具合の「安尽くし」になってしまうと、少しばかり「安」の字が嫌いになりそうだ。こんな「安」は、今年いっぱいでもう十分。年が明けたらおさらばしたい。そんな思いで、皆さん「安」を選ばれたのだろうか。

 そういえば、恒例に従って「安」の1字を快筆された清水寺森清範貫主も次のように語られたそうだ。「今年の不安を払拭(ふっしょく)して、来年は安心安全な社会をつくっていこうという総意ではないか」

 確かに「安」は安心安全の「安」だ。そして平安の「安」であり、「安寧」の「安」であるはずだ。それなのに今年はなんとも異様な「安」が勢ぞろいしたものである。

 「安」に次いで、2番人気を博したのが「爆」。3番手が「戦」だった。「爆」は爆買いの「爆」だ。中国からのお客様たちの爆発的購買力。これが日本人を驚嘆させた。「爆」に今年の世相をみた感覚は、よく分かる。

 3番目に「戦」が来たのが怖い。怖いが、これまたよく分かる。忍び寄る戦争の影。それを多くの方々が感じ取られたというのは誠に心強い。この市民的感受性が貴重だ。世の中がねじ曲げられようとする時、この感性が頼もしい矯正力を発揮してくれる。

 今年に関する「安」と「戦」の選択は、連動していると考えていいだろう。どちらを選ぶか。迷われた方も多かったのではないかと推察する。「安」がもたらす「戦」。こんな構図の出現を心配しなければならないというのは、何ともおぞましい。確かにそんな状況とは今年いっぱいでおさらばしたくなってくる。

 こんな調子で思いを巡らせていると、さらにどんどん「安」の字が嫌いになっていきそうだ。この心理状態で「安」を眺めていたら変なものがみえてきた。この漢字、女の上にフタをしようとしていないか。女を上から抑えつけようとしていないか。

 これはけしからん。いったんは、そのように気色ばんだ。だが、よく考えてみれば、抑え込もうとする圧力の対象になるというのは、それだけ強い存在だということを意味している。強いから、相手が脅威を感じる。脅威を感じるから、抑えつけようとする。つまり「安」は女子力のパワーを表現した1文字だというわけだ。これで少し「安」の評価が立ち直ってきた。

 この発想の流れに身を任せると、今度は「安」は女が天井を支えている構図のようにみえてくる。女がいなければ、天井が落ちる。天井の落下を防ぐ役割が、強き女たちの双肩に託されている。

 天をその双肩で支えるといえば、それは、ギリシャ神話に登場するアトラスのイメージだ。もっとも、アトラスの場合は、オリンポスの神々との戦いに敗北したために、この役割を押し付けられた。その意味では少々情けない。だが、いずれにせよ天空を恒久的に支えて揺るがないその力は、やはりインパクト満点だ。そのイメージで「安」をみれば、この文字が女性たちのみなぎる力、ほとばしり出る強さの象徴にみえてくる。

 この人がいなければ、天が陥没する。この人がいなければ、全てが崩れる。実際に、そういう女性が今の世の中に存在する。その人の名はアンゲラ・メルケル。ご存じのドイツ首相である。

 英エコノミスト誌は11月7日号でメルケル首相を表紙に掲げた。決然たる表情の彼女の大首絵だ。その脇で「最も必要不可欠な欧州人」の見出しが誌面を横切る。英経済紙フィナンシャル・タイムズも彼女を「今年の人」に掲げて大きな特集を組んでいる。

 今や欧州連合(EU)内の全ての決定に関しては、生かすも殺すもメルケルさん次第。事実上そうなっている。その彼女が押し寄せる難民の受け入れ姿勢を断固として保持している。逆風は厳しい。だが、揺るがない。今、自分のバランス感覚がいかに決定的重要性を帯びているか。そのことが彼女には実によく分かっているようだ。

 皮肉なものだ。EU内の単一通貨圏であるユーロ圏は、ベルリンの壁崩壊後のドイツの力を封じ込めるためにつくられた。ところが、このユーロ圏の存在が結局のところドイツの力を突出させてきた。この意味をメルケルさんはとてもよく承知している。

 決して、強権的にみえてはいけない。だが、いざという時には、明確に判断しなければいけない。この超絶技法的お手玉を、彼女はじっくり、着実にこなしてきた。今、欧州に彼女がいて良かった。欧州のこれからは、まさに、この人の双肩にかかっている。

 統合欧州のアトラス。それがアンゲラ・メルケルだ。この人の名前、実は「安」ゲラ・メルケルと書くのかもしれない。これで「安」の格もかなり上がった。

 ■人物略歴

はま・のりこ

 同志社大教授。次回は来年1月16日に掲載します。
    −−「危機の真相:今年の漢字1文字 「安」は何の「安」?=浜矩子」、『毎日新聞』2015年12月19日(土)付。

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危機の真相:今年の漢字1文字 「安」は何の「安」?=浜矩子 - 毎日新聞





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