覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 菊池誠・松永和紀ほか著『もうダマされないための「科学」講義』」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。


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今週の本棚:海部宣男・評 『もうダマされないための「科学」講義』
菊池誠松永和紀ほか著
光文社新書・798円

 ◇社会と科学を巡る論点を見極めるには
 私たちの生活は、科学とは表裏一体の関係で結ばれている。人間の社会は科学と技術とそれらを基礎に置いた産業とともに構築されてきたのだから、当然と言えば当然。その絆はさらに加速度的に強まっているが、日本の私たちはあの三月以来特に、それをずっしりと感じている。
 社会と科学に関する出版が続く中で、この本は市民の視点に立ちながらも科学に立脚し、複合的な論点と情報をわかり易く提供している。まず、手っ取り早くメインテーマを紹介しよう。
(1)科学と科学ではないもの
(2)科学の拡大と科学哲学の使い道
(3)報道はどのように科学をゆがめるのか
(4)3・11以降の科学技術コミュニケーションの課題
 「アカデミズムとジャーナリズムのよりよい関係構築を目指す」活動と講演からまとめた本である。ひと味違う足元の確かさは、こうした視点と地道な活動から生まれているのだろう。
 (1)で統計物理学者の菊池氏は、マイナスイオンなどの例を引いて「科学を装うけれど科学ではない」ニセ科学に対する見方を提示する。科学には不確定さも存在するが、それは科学の本質に根ざす当然の性質である。それに付け込んで科学的論証を省略しようとするニセ科学との違いを、どう見分けるか。分子生物学者の片瀬久美子氏も、「付録」で放射線に関するネットなどのアヤシイ情報をまとめている。放射能を無効にするという「EM菌」には驚くが、これらニセ科学が科学らしさを装う理由は、明確だ。社会一般の科学への信頼感を利用した金儲けである。簡単に言えば、詐欺。それで金が儲かるのも、残念だが社会的現実だ。
 いっぽう、科学的考察を度外視して「ゼロ・リスク」を求める傾向も、大きな社会的損失を招き得る。科学ジャーナリストの松永氏は、(3)で現在のシステムの下では遺伝子組み換え食物のリスクは非常に低いという専門研究者の圧倒的意見を紹介する。ところが消費者の強い不安に応えようと安全確認のハードルがむやみに高くなり、結果として育種産業の寡占化を招いてしまった。「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がるのはなかなかむつかしいことだ」とは浅間山の噴火を実見した寺田寅彦の感想だが、食品問題を取り上げてきた松永氏のこの章、特に主婦の方々に読んでほしい部分である。
 (2)で科学哲学者の伊勢田哲治氏は、旧来の「問題発見型」の科学(モード1科学)に対し、保全生態学などの「問題解決型」のモード2科学や、伝統的経験を中心とした「ローカルな知」にも学ぶことの重要性を説く。(4)では科学技術社会論平川秀幸氏が、日本の「科学技術コミュニケーション」のあり方を生ぬるいと批判する。科学的に問うことは出来るが科学だけでは解決出来ず、社会倫理や政策が大きな役割を果たす「トランスサイエンス」の考え方が今後の社会で特に重要と、主張している。全体に、科学やその社会との関係について知りたいと思いながらなかなか手が出ないという読者の方々には、好個の一冊と思う。
 最後に、表題に関してひと言。何に「ダマされない」のか? それが大事だ。「あとがき」がいうように科学そのもの、科学を装った言説、あるいは科学者を騙(かた)る者にか? それとも権力やマスメディアにか? 最近ではネットというつかみどころのないものもある。片瀬氏の「付録」はその実例を豊富に引いており、ネットが果たす正負両面の役割の研究も重要と思わせる。
    −−「今週の本棚:海部宣男・評 菊池誠松永和紀ほか著『もうダマされないための「科学」講義』」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付

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