書評:フレデリック・マルテル(林はる芽訳)『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』岩波書店、2012年。



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 第三の要因(引用者注……ヨーロッパ文化の衰退)として考えられるのは、ヨーロッパ的な文化の定義−−文化を過去からの遺産として常に歴史的にとらえ、しばしばエリート主義的で反メインストリームの文化論に直結する−−が、グローバル化とデジタル化の時代に対応しきれなくなっていることだ。コンテンツという視点から考えると、ヨーロッパ的な定義による「文化」はもはや国際標準の文化とは言えない。文化市場としてのニッチ製品としては重要だが、マスカルチャーの製品ではないのだ。ヨーロッパは今なお造形芸術、クラシック音楽、現代舞踊、前衛的な現代詩などの分野で卓越性や質を追求する世界のリーダー役だ。だが、これらの芸術作品が国際市場で流通する量はブロックバスター、ベストセラー、ヒット曲などにくらべれば、実に微々たるものである。アメリカと違って、ヨーロッパは文化の受容や供給をあまり気にしないのだろうか? 経済の非物質化とグローバル化が進む現在、芸術をあまり狭く定義すると作品の制作や発信を妨げることになるのではないか? ムンバイやリオをはじめ、世界中いたるところでジャンルが混じり合い、文化の定義が一つだけではなくなっている今日、卓越性の追求と商業化の拒絶を基幹とする、高踏的であまりに厳格な文化的序列はすでに意味を失っているのではないか? 芸術文化を技術と厳密に区別すること自体、インターネットの時代にそぐわないのではないか? グローバル化する創造産業やコンテンツはこうした文化の序列や区別にほとんど無頓着で、芸術文化を否定も肯定もせず、一切の評価を下さない。文化は市場や経済活動の「外部」に位置することではじめて価値あるものになるのだろうか?
    −−フレデリック・マルテル(林はる芽訳)『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』岩波書店、2012年、452−453頁。

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テーマは世界の文化とメディアの地政学。メインストリームとは多様な消費文化を指すが、「みんなが好きな文化」のこと。エンターテイメントを巡りアメリカの覇権とそれに挑戦する新興勢力台頭の現状を世界各地の調査から報告する。

筆者の調査は世界30カ国5年に及ぶ。各国の急速な台頭にもかかわらずアメリカの文化支配は圧倒的だ。第一部はその経緯を明らかにする。それはハードとソフトの両面で世界に通用するモデルを提示し続け、発信元の現場を大切にするからである。

そして、アメリカ文化の源泉は「教育・人材育成、イノベーション、リスク負担、創造性、大胆さ」。一人一人の創作者の文化的な創造性を保証するところに強さがある。またアメリカの一人勝ちは、押しつけではなく状況対応に迅速であることも理由の一つである。

アメリカの強さが資金や物質的な豊かさにのみに見出すことこそ警戒すべきであろう。第二部は、「文化とメディアの世界戦争」。コンテンツをめぐる熾烈な「世界戦争」の現象が紹介。アラブや南米など各国の地域文化に基づく挑戦も興味深い。

著者はフランス人。ただし嫌米的な冷淡さは全くなくクールに現状をレポートするし、アメリカ的画一化との展望は退け、将来に対しても悲観的ではない。デジタル化とグロバール化は、文化の細分化と画一化の両方をもたらすからだ。

「国境の内側に引きこもり、単一のアイデンティティを堅持したところで自分たちの影響力を増すことなどできるはずがない」。確かにアメリカ文化は圧倒的だ。しかし唯一のメインストリームを創る国ではなくなるだろう、と結ぶ。文化産業の現状を詳細に概観する興味深い一冊、了。







メインストリーム - 岩波書店



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