覚え書:「発言:海外から 歴史は地名と共に=ユルゲン・ウドルフ」、『毎日新聞』2014年03月05日(水)付。


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発言 海外から
歴史は地名と共に
ユルゲン・ウドルフ ライプチヒ大学名誉教授

 「ハーメルンの笛吹き男」は、今もドイツ史に残る大きな謎だ。
 昔、ドイツ西部ハーメルンの街はネズミの大群に悩まされていた。そこにある男が現れて笛を吹き、ネズミを川におびき寄せて水死させた。せっかくネズミを退治したのに、街の人々は男に約束した報酬を与えなかった。怒った男は再び笛を吹き、今度は街の子供たちをどこかへ連れ去ってしまった−−。
 グリム兄弟らの伝承で世界的に有名になったこの童話、実はほぼ史実と見られている。「1284年6月26日、男に130人の子供が連れ去られ、コッペンで消えた」との記録が長年、ハーメルン市に残っていたのだ。
 集団失踪の理由としてこれまで、ハーメルン郊外コッペンブリュッゲで謎の集団死、少年十字軍への従軍、伝染病ペストによる大量死、自然災害などの説が挙げられてきた。中でもドイツ東部やチェコなど東欧に移住したという「東方植民説」は有力だ。
 私は旧西独の大学で学んだが、国土が東西に分断された冷戦期の独では、旧東独の地名や人名の研究も楽ではなかった。1990年の東西統一後、旧東独の地名を徹底的に調べることが可能になり、私はあることに気付いた。ハーメルン郊外の10以上の地名が、東部ウッカーマルク地方周辺にそのまま残っているのだ。ピースターフェルデ、ハーメルシュプリンゲ、ビショフスハーゲンなど、他には見られない地名の共通性がある。これらはいずれも「笛吹き男」が登場した13世紀以降に名付けられたと推測されている。さらに両地域の住民には似た名字も散見される。
 地名は多くを物語る。例えば多民族国家の米国には、ドイツ系移民が名付けたベルリンという地名が数十カ所ある。懐かしい故郷の地名を、新天地に名付けたくなる心情はいつの時代も同じだろう。独東部に残る地名の数々は、ハーメルン付近からの移民が名付けた可能性がある。笛吹男はおそらく移民を募る「請負人」だった。子供たちは新天地を求め、その後の人生を切り開いていったのではないか。
 歴史は謎に満ちている。その謎を解くヒントは、人々が日々を生きるこの大地にきっと刻まれている。歴史は、地名と共にあるのだ。【構成・篠田航一】
    −−「発言:海外から 歴史は地名と共に=ユルゲン・ウドルフ」、『毎日新聞』2014年03月05日(水)付。

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