覚え書:「書評:吾輩ハ猫ニナル 横山 悠太 著」、『東京新聞』2014年08月24日(日)付。

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吾輩ハ猫ニナル 横山 悠太 著

2014年8月24日


◆独特の和漢混淆体で
[評者]仲俣暁生=文芸評論家
 今年の群像新人文学賞受賞作であり、芥川賞候補にもなった話題作。「日本語を学ぶ中国人を読者に想定した小説」を書こうとする「わたくし」が語り手となる額縁部分と、それが実際になされている作中作からなり、その前提ゆえに、後者には(わずかの例外を除き)カタカナ語による外来語は登場しない。
 かわりに採用されるのは、「日語(日本語)」とは異なる「〓語(チャイニーズ)(中国語)」風の漢字表記と日本語のルビによる、独特の和漢混淆(こんこう)体だ。さらに文中にときおり挟まれる二つの「Φ」が、このテキスト自体を猫の目のように注視している。
 主人公の駿(カケル)(シュン、ハヤオとも呼ばれる)は日本人の父と中国人の母を持つ青年で、蘇州の科技学院に通う。久しぶりに日本に「帰国」した駿が、秋葉原の街を彷徨(さまよ)う中で珍妙な現代「日語」に触れて混乱する、というのがおおまかな筋書きだが、その合間合間に『吾輩(わがはい)ハ猫デアル』をはじめ、『こころ』『三四郎』『彼岸過迄』など漱石作品の断片がふんだんに織り交ぜられていて楽しい。
 つまり本作はパロディーという形式による一種の漱石論、さらには漱石を「国民文学」とみなしてきた旧来の日本文学観への軽妙な批判とみなすこともできるのだ。そうした野心は大いに買うが、この戦略が使えるのは一度かぎり。次作はぜひ「現代日本語」で勝負してほしい。
 (講談社・1296円)
 よこやま・ゆうた 1981年生まれ。北京在住の留学生。本作がデビュー作。
◆もう1冊 
 内田百■著『贋作 吾輩は猫である』(ちくま文庫)。漱石の猫が一九四三年に出現して人間を観察するパロディー。
※〓は、さんずいに又
※■は、門の中に月 
    −−「書評:吾輩ハ猫ニナル 横山 悠太 著」、『東京新聞』2014年08月24日(日)付。

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