覚え書:「特集ワイド:再び米国の言いなり? 安保大転換、イラクの失敗「置き去り」」、『毎日新聞』2015年05月21日(木)付夕刊。

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特集ワイド:再び米国の言いなり? 安保大転換、イラクの失敗「置き去り」
毎日新聞 2015年05月21日 東京夕刊

(写真キャプション)派遣先のイラクサマワで宿営地付近を警戒するる陸上自衛隊員。海外活動の拡大で危機が増すことはないのか=2004年、加古信志撮影

 世の中に絶対はない、という。だが、安全保障政策を転換し、自衛隊の海外活動を拡大しようとする安倍晋三首相は「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にあり得ない」と言い切る。ちょっと待ってほしい。日本は12年前、イラクを攻撃した米国を支持したが、大義名分とした大量破壊兵器は発見されていない。イラク戦争の失敗を繰り返すことはないのか。【石塚孝志】

 ◇原発事故同様、検証進まない日本/「国益損ねた」教訓にする英国

 「日米同盟はより一層堅固になる。この夏までに必ず実現する」。安倍首相は4月30日未明(日本時間)、米議会の上下両院合同会議で、日本の国会に法案さえ提出していない集団的自衛権の行使容認を含む安保法制の整備を進めると明言した。米国に対し、自衛隊が地球規模で米軍への後方支援を行うことを“公約”したのだ。

 問題は、米国から自衛隊派遣の要請を受けた時、日本は自主的な判断で可否を決めることができるのかという点だ。軍事ジャーナリストの前田哲男さんはこう危惧する。「安全保障関連法案が成立すれば、日本は自衛隊の派兵を断る根拠としていた集団的自衛権の行使禁止や専守防衛を放棄することになります。そうなれば、日本は米国の言いなりになる公算が大きい」

 米国の言いなり−−。実はイラク戦争でも指摘されていた。小泉純一郎首相(当時)は米国のイラク攻撃を国際社会の中でいち早く支持。米国から「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上に靴を)」と求められると、フセイン政権崩壊後にイラク特措法を制定し、非戦闘地域での復興支援や多国籍軍の物資や兵隊の輸送を担った。

 しかし、米国が開戦理由とした大量破壊兵器は見つからなかった。この点について、小泉首相は「(米国を支持した)日本の判断は正しかった」などと釈明したが、米国に追随しただけでは、という疑問を消す答えはいまだにない。

 そもそも日本はイラク戦争を支持した政策判断をきちんと検証しているのだろうか。

 外務省が2012年12月に公表した「対イラク武力行使に関する我が国の対応(検証結果)」という報告書がある。民主党政権下の松本剛明外相(当時)の指示を受け、02年初めから米英などによるイラクへの武力行使に至るまでの同省内の検討や意思決定過程を検証したという資料だ。

 報告書の概要は同省ホームページで閲覧できる。冒頭には「検証作業は、日本政府が米英等の武力行使を支持したことの是非自体について検証の対象とするものではなく」という“お断り”の一文が入っている。しかも報告書全体は「ページ数なども含め非公開」(同省)という。

 概要は「報告の主なポイント」とのタイトルで、A4判4ページにまとめてある。「教訓と今後の取組」の項目では「大量破壊兵器が確認できなかったとの事実については、我が国としても厳粛に受け止める必要がある」とし、今後については「更に多様な情報源からの情報収集能力を強化すること」などと明記した。

 イラク戦争から12年。強化策が実現しているはずだと、同省中東2課に問い合わせると、回答は「改善は常々やっていますが、対外的には説明が難しい」。具体的な取り組みが分からず、どうもすっきりしない。

 元内閣官房副長官補の柳沢協二さんは憤る。「外務省の報告はまったく検証になっていない。だいたい日本には太平洋戦争を含めて事後的に検証しようという文化がありません。検証は糾弾が目的ではなく、今後に生かすものでなければいけない。それなのに日本は、一つ一つが政争につながってしまう。検証は、他国のように第三者がやらなければ意味がない」と話す。

 柳沢さんが日本と違うと指摘する他国の検証状況を調べてみた。

 米独立調査委員会は05年3月、大量破壊兵器に関する米情報機関の判断は「ほぼ完全な誤りだった」とする報告書を発表した。米情報機関は「フセイン大統領は生物兵器を持っているはず」という思い込みを捨てきれず、自らの主張に合う情報だけを積み重ねたと分析した。

 米国の失態で激震に見舞われたのが、国内外の反対を押し切って開戦に踏み切った英国のブレア政権だった。英国は4万5000人規模の部隊をイラクに派遣し、179人の兵士が犠牲になった。国民は、「ブレア首相は、ブッシュ(米大統領)のプードル犬」などと批判を強めた。

 戦後、英国では政府から独立した調査委員会などが、数度の徹底的な検証を進めてきた。その結果、政府は開戦半年前、イラク大量破壊兵器の脅威を誇張していたという事実が判明した。

 09年設置の調査委員会は、多くの政治家や外交官、軍や情報機関の幹部らを聴取。10年1月にブレア氏が出席した公聴会は約6時間に及んだ。また、これまで非公開とされた聞き取り調査をインターネットなどで公開している。

 なぜ、英国は検証の手を緩めないのか。その理由について、英国の政策に詳しい慶応大法学部の細谷雄一教授(国際政治学)は「英国は、イラク戦争国益を損ねたと判断しているからです」と話す。「検証によって(開戦前の英国政府は)米国の情報を信じるほかなかった、という実態が分かった。その上で、今後は政策を誤らないために、より上質なインテリジェンス(国家の情報収集活動)を持つ必要があると反省しているのです」。政府内の悪者探しではない。真実に迫り、今後の教訓とするために検証を続けているわけだ。

 日本の検証はお粗末と言えそうだが、なぜ検証は進まないのか。「永続敗戦論」などの著作がある京都精華大白井聡専任講師(政治学)はこう語る。「日本がイラク戦争を本気で検証すれば、米国の強引な手法や判断ミスで自衛隊が危険な目に遭う可能性が高いことが分かる。それでは今後、日本は米国に追随できないという困った事態になってしまう。原発事故の検証も同じ。再稼働を念頭に置いているので本気で検証しているとは思えない。いずれにしても結論ありきなのです」。日本は「敗戦」を「終戦」とごまかし、それを容認してくれる米国には従属を続け、敗北が際限なく続く−−。こう主張する白井さんの分析だ。

 前出の柳沢さんは怒りが収まらない。「安倍首相は対米公約を先行することで米国のお墨付きをもらいました。安保法案の成立に向けて米国の権威を振りかざし、有無を言わせずに進めるでしょう。そのような対米追随の政権に自主的な判断ができるわけない。これで独立国と言えますか」

 日本が米国の戦争に巻き込まれることは絶対にないと信じる人はどれほどいるのだろうか。
    −−「特集ワイド:再び米国の言いなり? 安保大転換、イラクの失敗「置き去り」」、『毎日新聞』2015年05月21日(木)付夕刊。

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