覚え書:「今週の本棚:渡辺保・評 『私の日韓歴史認識』/『鴎外と漱石のあいだで…』」、『毎日新聞』2015年08月16日(日)付。

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今週の本棚:渡辺保・評 『私の日韓歴史認識』/『鴎外と漱石のあいだで…』
毎日新聞 2015年08月16日 東京朝刊
 
 ◇『私の日韓歴史認識』=中村稔著

 (青土社・2376円)

 ◇『鴎外と漱石のあいだで−日本語の文学が生まれる場所』=黒川創

 (河出書房新社・3240円)

 ◇歴史認識は正確かつ深くあらねば

 日本政府と中国、韓国政府の歴史認識は必ずしも一致していない。一体どちらの主張が正しいのか。

 この二冊の本は、今、日本のだれもが抱く疑問に答える重要な著作である。この二冊を読んで、私は少しでも多くの人に読んでもらいたいと痛切に思った。日本ばかりでなく、中国、韓国の人たちにも。

 中村稔の『私の日韓歴史認識』は、日本がいかに無法な、恥ずべき日韓併合を行ってきたかからはじまって、その韓国統治の失敗、関東大震災朝鮮人虐殺から今日の従軍慰安婦問題に及ぶ。

 中村稔は、陸奥宗光、マッケンジー吉野作造らの著作を中心に、膨大な史料を参照しつつ、緻密な学問的な分析によって歴史の核心に迫る。ことに吉野作造の『朝鮮論』を論じた部分と、従軍慰安婦の文献『日本軍「慰安婦」関係資料集成』上下二巻を扱った部分がすぐれている。後者でいえば従軍慰安婦計画を軍部が立てたことはあきらかであるが、実際にこれを行ったのは専門業者であり、軍部が直接強制連行した証拠はどこにもない。強制連行は朝鮮人女子勤労挺身隊(ていしんたい)との混同であるという著者の指摘は、当の韓国人にも、それに賛同している米国の人々にも正確に認識されるべきだろう。

 しかしそういう事実関係も大切だが、より重要なのはこれら一連の一世紀にも及ぶ日本人のなかにある朝鮮人への深い差別意識を著者が明らかにしている点である。なぜならばこの差別意識こそ、最初の韓国への介入の原点において発生し、長い間日本人のなかに培われてきたものであって、それが今日の私たちのなかにもないとはいえないからである。自分たちとは違う民族、違う国家を尊重し、そのなかの個人を一人の人間として見る視点を失わせたものこそ、この差別意識に他ならない。それが中国や韓国の深い反日感情を培ってきた。この目に見えぬ差別意識の深層を明確にしたところが、この本のもっとも重要な、そして今後の日本の指針ともなるべき点である。

 黒川創の『鴎外と漱石のあいだで』は、鴎外が台湾占領のために派遣された北白川宮に随伴したところから始まる壮大なドラマである。このドラマには、日本語、中国語、韓国語、さらに台湾の現地語である客家(ハッカ)語など、さまざまな言語のなかで、日本、中国、韓国、台湾の作家たちが、どうやって自分たちの語彙(ごい)、文体を創っていったかが克明に描かれている。むろんそこには動乱にさらされた国々の政治や紛争が色濃く影を落としている。鴎外も漱石も決してそのことと無縁ではなかった。

 中村稔の描く日韓の歴史の、文学上の縮図がここにある。

 この本の最後には実に印象的なシーンがあらわれる。北白川宮の遺児成久(なるひさ)王は、一九二一年フランスへ留学し、東久邇宮稔彦王は画家モネの邸へ行く。そこにはモネの旧友、元フランス首相クレマンソーが居合わせて「日本は嫌いだ」「日本は、朝鮮を無理にとった。日本は中国に不公正な要求を押しつけている……。乱暴きわまる国じゃないか」と言う。稔彦王が、フランスはアルジェリアを属国にしているじゃないかと訊(き)くと、苦笑した元首相は言った。「他の民族や、国家を征服するということは、よくないことだ。また、非常に困難なことでもある」

 歴史認識は、正確かつ深くなければならない。
    −−「今週の本棚:渡辺保・評 『私の日韓歴史認識』/『鴎外と漱石のあいだで…』」、『毎日新聞』2015年08月16日(日)付。

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