日記:理論的な考え方において対立している人々も人権のリストに関して純粋に実践的な合意に到達することができる

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人権
一 理論的な考え方において対立している人々も人権のリストに関して純粋に実践的な合意に到達することができる

 人類の歴史的発展、現代世界において不断に拡大しつつある危機、道徳的良心ならびに反省の(いかにかりそめのものであろうと)前進などによって、人々は、今日、かれらの共同生活に関するいくつかの次ぎのような実践的真理を(まだ不完全ではあるが)以前よりも充分に意識するようになった。すなわち、それらの真理についてかれらの合意が可能であるが、しかし、それらの真理はかれらの各人の思想のうちでは--かれらの奉ずるイデオロギー、哲学的・宗教的伝統、文化的背景および歴史的経験などにしたがって--いろいろ極端にちがった、基本的に正反対ですらあるような、理論的な考え方から導出されているものである。一九四八年に国際連合によって公にされた「国際人権宣言」がはっきり示したように、このような実践的結論--換言すれば人間が個人的および社会的存在として有する種々の権利--について共同の定式を確立することは、たしかに容易ではないが、不可能ではない。しかし、これらの実践的結論およびこれらの諸権利について共同の合理的基礎づけを探し求めることは、全くむだであろう。もしわれわれがそれを敢えてするならば、身勝手な独断論を押しつけるか、さもなければ、和合不可能な相違によって急激に阻止されるかの危険を冒すことになるであろう。この点で提起される問題あ、理論的に対立している人々の間における実践的な合意という問題である。
 ここでわれわれは、合理的基礎づけは、必須でありながら、人々の間の合意を生ぜしめるには無力である、という逆説に当面する。合理的基礎づけが必須であるわけは、われわれのだれもが本能的に真理を信じ、真実で合理的に正しいと認めたことのみ同意を与えようと欲しているからである。しかし、合理的基礎づけは、人々の間に合意を生じさせるには無力である。なぜならば、それらは根本的に異なり、たがいに対立さえしているからである。そして、これはおどろくべきことであろうか。合理的基礎づけによって提起される問題は困難であり、これらの基礎づけの源泉である哲学的伝統には、長い間対立的なものがあった。

 ユネスコのフランス国内委員会が人権について討議した会議の一つにおいて、烈しく対立するイデオロギーの支持者たちが人権のリストの草案について同意したのを見ておどろいた人があった。ところで、かれらはこう言ったのである、われわれはこれらの権利について、なぜと質問されないことを条件にして同意する、と。「なぜ」という質問とともに議論が始まるのである。
     --ジャック・マリタン(久保正幡・稲垣良典訳)『人間と国家』創文社、昭和三七年、107-108頁。

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