覚え書:「「折々のことば」1面で連載500回に 触れて、深まる、言葉たち」、『朝日新聞』2016年08月26日(金)付。

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「折々のことば」1面で連載500回に 触れて、深まる、言葉たち
2016年8月26日


写真・図版
「先斗(ぽんと)町」近くの川にかかる橋の上で=京都市、滝沢美穂子撮影
 
 1面のコラム「折々のことば」が、きょう500回を迎えました。哲学者の鷲田清一さんが縦横無尽に探し出した古今東西の言葉を、昨年4月から毎朝お届けしてきました。60文字以内の言葉、152〜180文字の解説で伝えようとしてきたことを、鷲田さんに聞きました。言葉との出会いを深めてきた読者の方々の声もご紹介します。

 ■ぐっと引いて、考える「補助線」探す 筆者・鷲田清一さん

 僕はノートに「折々のことば」の切り抜きを貼っていて、480回で1冊になりました。「来たぞ1冊」と。同時に、むかし著書のデータが1枚のCDにおさまった時の寂しさと似て、「これだけやって1冊か」と(笑)。

 1面で、多くの方が読むので異論は覚悟していて、実際きついお手紙をいただくこともあります。ご自身のつらい経験と重ねて言葉を読んだというお手紙もありました。言葉をきっかけに、思い詰めていた事柄を別の視点から見られるようになり、背負っている荷物がちょっとでも軽くなればうれしいですね。

 言葉を紹介する時には、今起きている事件や政治的な問題から、ぐっとカメラを引いてアングルを広く取るようにしています。「天声人語」よりもさらに引くのが、「折々のことば」の意義だと思っています。百年や千年の昔に、よく似た事態について書いている人がいる。海外で全然違う事件について語られたことが、今ここの事件に向き合う時にすごく役立つこともあります。問題を考える時の補助線になるような言葉、「今までそんな風に考えたこともなかった」というような言葉を、探しています。

 東日本大震災後の政治の混乱を見る際にも、今を直接語るより、今とよく似た過去の言葉を鏡にしようとしてきました。特にアジア・太平洋戦争の「戦後」や、関東大震災など過去の震災の「災後」、あるいは幕末・明治維新の動乱の後に、思想家、芸術家が語った言葉は意識的に選んでいます。政治学者の丸山真男、画家の香月泰男考現学創始者今和次郎福沢諭吉――。動乱の後に最初にどんな言葉が、思想が立ち上がったのかがすごく気になります。昔の言葉が今のことを言い当てているように見えるのは、それだけ問題が根深くて簡単には変わらない、ということでもあります。

 アジア・太平洋戦争で兵士として中国に行った版画家の浜田知明さんや、旧満州から難民として引き揚げた俳優の森繁久弥さんの言葉は、憲法改正や安保法制について直接語る言葉以上に衝撃的です。賛成とか反対とか以前に、彼らの言葉だけで通じるものがあります。

 熱くなってつい、カメラを引かずに現代に近づきすぎてしまうのは、教育をテーマにした時です。ずっとやってきたことだから職業病ですね。他人が人を造り変えられるという「妄想」を持って教育に携わることの危うさを語った、評論家の福田恆存(つねあり)の50年以上前の言葉は、間を置かず2度引きました。誤った万引き記録に基づき進路指導された中学生が自殺したことが明るみに出た時と、大臣がゆとり教育との決別を宣言した時です。

 「折々のことば」で取り上げる言葉は、昔から自分がすごく刺激を受けてきたものが多いです。言葉を反芻(はんすう)し、自分の経験と照らし合わせながら、長く付き合ってきた言葉です。新しい本や発見したばかりの言葉を取り上げた時は、掲載してしばらくたってから、他にも意味が含まれていることに気づく場合もあります。旧友や恩師と同じで、出会った頃と、50年付き合ってきた後とでは、魅力を感じる所や関係の意味が全然変わってくる。本当に大事な言葉ほど、触れた人との関係の中で深化していきます。(聞き手・高重治香)

     *

 わしだ・きよかず 1949年、京都市生まれ。哲学者。大阪大教授・総長などを経て、京都市立芸術大学学長や、せんだいメディアテーク館長を務める。近著に「素手のふるまい」(朝日新聞出版)。雑誌「本の窓」(小学館)で評論「つかふ 使用論ノート」を連載中。

 

 ■感じる、表す、伝える 心に届いた、ことばと私

 東京都杉並区の日本語学校で留学生に日本語を教える竹野藍さん(33)は、授業で「折々のことば」を紹介することがある。

 《お疲れ様です。》

 学生たちもバイト先のあいさつでなじんだ言葉(2月10日掲載)。この定型句でメールを書き出すことで「疲れが人に蔓延(まんえん)してしまう」という鷲田さんの解説を読み、学生たちは意外な発想に驚いた。

 フルート奏者の大嶋義実さんが音楽について語った言葉(昨年5月17日)も、折に触れ思い出す。

 《「うまく生きる」ことには役立ちません(たぶん)。けれども「よく生きる」ためには欠かせないものです(ぜったい)。》

 「日本語も同じ。進学や就職のためだけでなく、自分なりに『よく生きる』ために学んで欲しい」

 東京都世田谷区のイラストレーター、辻村章宏さん(78)は、関西暮らしが長かった。「『折々のことば』の関西人独特のノリが好き」。連載初期の3カ月余り、言葉にナナメから突っ込みをいれるつもりで、思い浮かんだ人物や情景を毎朝描いてネットに投稿した。

 兵庫県西宮市で喫茶店を営む今村欣史(きんじ)さん(73)の手元の切り抜きは、縁がギザギザだ。元新聞記者で知人の宮崎修二朗さん(94)が、詩作を続ける今村さんの糧にと、手でちぎって渡している。

 「ことばを手に取ると、『あー、そうそう。そういうことやん』と、共感します。同時に宮崎さんの思いも一緒に身に染みます」と今村さん。

 《めいわくかけて

 ありがとう》

 コメディアンのたこ八郎の言葉(昨年4月2日)に、「1行目と2行目の間に思いがいっぱい詰まっている。行間を想像するとぐっと来る」。

 東京都台東区の僧侶、菅原耀(よう)さん(26)は、朝日新聞デジタルでことばをまとめ読みする。法事で話をすることもあり、物の見方や伝え方の参考にしている。

 《われわれが人工によって変化させ、一般の秩序からそらせてしまったものをこそ野蛮と呼んで当然なのではないか。》

 モンテーニュの言葉(8月7日)だ。フランスの思想家は、なぜ同じ町に住む者同士が、「信仰と宗教に名を借りて」、殺し合いさえするのかと問いかけた。菅原さんは「これが正しい、という思い込みは誰しもある」と、人間の危うさを感じた。

 母で坊守の久子さん(55)は、薬剤師で僧侶の宮本直治さんの言葉(5月25日)を机の前に貼った。

 《人生において、病気になったという事実を変えることはできませんが、病気になった意味を変えることはできると信じています。》

 「『病気』は他の悩みにも置き換えられる。お寺に来た方が苦しんでいることの意味づけを変えることは、私の目標です」(高重治香、深松真司)

 

 ■中高生の「私のことば」、作品を募集

 中学・高校生を対象にした「私の折々のことばコンテスト」の作品を、今年も募集しています。悩んでいた時に背中を押してくれたり、逆に立ち止まらされたりした言葉など、心に響いた言葉と、そのエピソードをお寄せください。鷲田清一さんが審査委員長を務め、審査結果は来年1月に朝日新聞で発表する予定です。

 初めて開催した昨年度は1万6323件の応募があり、最優秀賞は、寝たきりの祖母から自分らしくあることの大切さを学んだという中1女子の「百歳は百歳。わたしはわたし。」という言葉でした。

 応募は公式サイト(http://www.asahi.com/event/kotoba/)から。昨年度の受賞全作品と鷲田さんの講評も掲載しています。締め切りは10月16日[日]必着。応募者全員に参加賞を送ります。

 

 ■折々のことば宝箱、できました 「日めくり手帖」収納に便利

 折々のことば専用のスクラップブック「日めくり手帖」を収納できる「折々のことば宝箱」ができました。ワンタッチの組み立て式で紙製です。手帖12冊を立てて整理できます。税込み180円です。日めくり手帖は税込み100円、表紙は4色あります。いずれもお近くのASA(朝日新聞販売所)でお求めください。お届けに1週間程度かかる場合があります。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12528492.html





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