日記:コロンブスがもたらしたのは、”新世界”の発見というよりも、むしろ、わたしたちが今生きている現代の形成だった


        • -

 世界中にヨーロッパ人が広がっていることを、従来の歴史学者は、ヨーロッパ人が優れていたからだと説明してきた。ヨーロッパ人の方が、彼らが征服し植民地化した土地の文化に比べ、社会システムの面でも船舶や武器類などの科学技術の面でもまさっていたからだ、と単純に説明してきた。ところがアルフレッド・クロスビーは、長期的に見れば、ヨーロッパの決定的な優位性は生物学的なものだった、としているのだ。
 大陸間を行き来したヨーロッパの船は人間だけでなく、時にはある目的のため、時には知らないうちに、動物や植物も運んでいた。コロンブスアメリカ大陸に到達して以降、長年隔絶されていた生態系と生態系とが突然出会い、混ざり合った。この過程をクロスビーは、"コロンブス交換”と命名した。コロンブス交換によって、トウモロコシがアフリカに、サツマイモが東アジアに、ウマやリンゴがアメリカ大陸に渡り、ルバーブユーカリがヨーロッパへ渡った。そして、多くの虫や植物、バクテリアやあウイルスもまた交換されることになったのだ。
 コロンブス交換を引き起こしている当人は、自分のしていることをよく理解できずにいたし、なによりそれはコントロール可能ではなかった。しかし、コロンブス交換によって、ヨーロッパ人は世界の相当部分を激変させたのだ。彼らはアメリカ大陸とアジア、そしてアフリカ大陸の生態系のかなりを、ヨーロッパ風に変容させた。ヨーロッパ人が便利に活用できるように、時には先住民の気持ちなどおかまいなし新たな景観を作り出した。こうした生態学的変容が、イングランド(後のイギリス)、オランダ、フランス、スペイン、ポルトガルに、海外で領土を拡大できるような優位性を与えたのだ、とクロスビーは説明する。
 クロスビーの著作によって、”環境史学”という新しい研究分野が生まれた。やはり新分野である”大西洋学”は、大西洋に接した地域の文化交流を分析するものだが、同時にアプローチは環太平洋地域でもなされている。この分野の研究者たちは。相互に影響し合わずにはいられない現代文明というものがどうやって生まれてきたのかについて、新たな全体像を模索しているところだ。
 今日、”世界化(グローバリゼーション)”という言葉は、経済と文化が地球規模で密接にからみ合いながら拡大していく状態をさして使われている。しかし、この現象は、活気あふれるアジアとの貿易に参入したいと、ヨーロッパ人が強く望んだ一六世紀にすでにはじまっていたのだ。そして、この願いこそが、コロンブスをはじめとするヨーロッパ人を航海へといざなった。こうして確立された新しい貿易システムは、生物学的にはほんの一瞬とはいえ、一九世紀までに、地球を一つの生態系ゾーンへ変容させていた。ヨーロッパ人に適した生態系を拡大させたことにより、ヨーロッパは数百年間も政治的覇権を独占することになり、その間に今日の世界が形づくられたのだ。
 この時代の人々は、航空機も遺伝子組み換え作物もインターネットも、当然コンピューター化された国際的な株式市場ももっていなかった。しかし、世界各国の市場が即時に連動し合う現代的な”世界市場”が形成されるまでの経緯をたどってみると、グローバリゼーションは、とほうもない経済的利益を生み出してきたが。、他方で、社会的・生態学的な大混乱も起こしつづけているのだ。
 コロンブスの航海が機縁となって、アジア、アフリカ、ヨーロッパの”旧世界”が衝突し合う新しい一つの世界が誕生した、というのが最新の研究成果だ。コロンブスがもたらしたのは、”新世界”の発見というよりも、むしろ、わたしたちが今生きている現代の形成だったのだ。
    −−チャールズ・C・マン、レベッカ・ステフォフ編著(鳥見真生訳)『1493(入門世界史)』あすなろ出版、2017年、9ー11頁。

        • -


Resize6632


1493〔入門世界史〕
1493〔入門世界史〕
posted with amazlet at 17.09.03
チャールズ・C・マン
あすなろ書房
売り上げランキング: 97,329