覚え書:「急接近:森谷賢さん 本格化する放射性物質除染作業の見通しは」、『毎日新聞』2012年2月18日(土)付。



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急接近:森谷賢さん 本格化する放射性物質除染作業の見通しは

 <KEY PERSON INTERVIEW>

 東京電力福島第1原発事故によって放出された放射性物質の政府主導の除染作業が、いよいよ本格化する。除染を必要とする地域は広く、汚染物質の処理方法も決まっていない。現地で陣頭指揮を執る森谷賢・福島除染推進チーム長に今後の見通しを聞いた。【聞き手・永山悦子、写真・小出洋平】

 ◇個別の要望を粘り強く−−福島除染推進チーム長・森谷賢さん(58)
 −−細野豪志環境相は「除染なくして福島の復興なし」とよく語りますが、地元には「除染だけでは帰れない」という訴えが多くあります。現状をどのように見ていますか。

 ◆ 避難指示を受けている約9万人の福島県の皆さんが、除染だけで帰れるわけではないということは十分理解している。安心して暮らすための生活環境の整備、例えば上下水道や電気、ガスが以前のように使えるのか、近くに買い物の場所があるのか、農業はできるのか。暮らしを支えるこれらの対策も政府がやらなければならない。だが、それらの前提として、除染しなければすべての可能性が開けない、ということも事実だ。

 −−環境省は、これまで放射性物質を扱った経験がありません。「環境省に除染ができるのか」と指摘する声もあります。

 ◆ 放射性物質を扱ったことはないが、類似の経験はある。有害な化学物質や、それによる土壌汚染の浄化などの仕事は、今回の対応に近いだろう。例えば、カネミ油症事件を起こしたPCB(ポリ塩化ビフェニール)の無害化処理では私自身、国内に処理施設を5カ所設け、全国から廃棄物を集めて処理する仕組み作りに関わった。また、産業廃棄物課長として、この施設整備や青森・岩手県境に不法投棄された産廃処理にも携わった。

 −−当時、どんなことに腐心しましたか。

 ◆ 産廃処理では地元自治体との調整や法律作りを担当したが、有害物質の危険性や、そのレベルに応じた対応など、住民の皆さんに納得してもらうことは確かに難しい。一方、住民が不安を持つのは当然なので、理解に役立つ情報を伝えていくことが大切だと実感した。このような行き場のない廃棄物の処理や環境汚染の現場を元通りに戻すための取り組みについての経験を福島でも生かしたい。

 −−除染の方法は確立しておらず、効果も分かっていません。「巨額の税金投入は無駄ではないか」との疑問もわきます。

 ◆ 単に金銭的なことだけで政策の是非は判断できない、と考えている。今回の汚染は、本来は身の回りには存在しないものだから、安全性をより厳密に確保することが求められ、経済的観点のみから政策を選択すべきではないだろう。効率的な金の使い方は必要だが、避難したい人、古里に帰りたい人、それぞれ希望があるのだから、簡単な比較はできないと思う。

 −−汚染物質の中間貯蔵施設の建設地選びで、地元自治体から異論が出ています。仮置き場確保も難航しています。それらを受け入れてもらうためには最終処分場の青写真も必要です。

 ◆ 住民説明会に参加すると、汚染物質の受け入れには大変な抵抗感があった。一方、仮置き場がなければ除染は始められない。仮置き場では徹底した遮蔽(しゃへい)をするので、放射線量は周囲より低くなる。そのような安全策を粘り強く説明していきたい。中間貯蔵施設では、できるだけ汚染物質の容量を減らし、最終処分場へ持っていく。最終処分は、環境省の基本的な考えでは県外で行うと約束しており、私たちはそれを実現すべく動く。個人的な考えだが、最終処分は、原子力発電所内の高濃度の放射性廃棄物の最終処分も念頭において進める必要があるのではないか。

 ◇福島の側から国を見て
 −−現場で住民と向き合い、どんなことを強く感じますか。

 ◆ 共通する大きな思いは「いつになったら帰ることができるのか」ということ。「(年間追加被ばく線量は)1ミリシーベルト以下にできるのか」「いつまでに終わるのか」と問われるが、現状では「はっきりと帰還の線量を申し上げることは難しい」「段階的に下げていく。帰還目標までの除染が実現できるように頑張る」と答えることしかできず、申し訳ない思いだ。だが、現実を認識したうえで、少しでも有効な除染を進めていくしかない。

 −−除染への要望は、地域や個人によって異なります。どのように対応していきますか。

 ◆ 除染を進めるため1月に施行された「放射性物質汚染対処特別措置法」は前例のない除染に取り組む「よりどころ」となる法律だ。環境省福島環境再生事務所は、避難している一軒一軒に除染への要望を聞き、同意を得て、事業を発注・監督する。膨大な仕事だが、個別のニーズに細やかに応えることが一番重要と考えている。

 −−除染を進めることによって、住民、国民の信頼は取り戻せるでしょうか。

 ◆ 福島環境再生事務所を開設したとき職員に話したが、「除染は初めての経験」という言い訳はできない。福島には「国への信頼が失墜した」と感じている人がたくさんいることを、肝に銘じて仕事しなければならない。そのとき、福島の人から国はどう見えているのか、福島の側に立って国を見る、ということを心がけたい。そこから初めて福島の皆さんと話ができるようになると考えている。

ことば 放射性物質汚染対処特別措置法
 福島第1原発事故後の除染や廃棄物処理を進めるための法律。警戒区域計画的避難区域は「除染特別地域」として国が直轄して除染する。年間追加被ばく放射線量が1ミリシーベルト以上となる地域は、「汚染状況重点調査地域」と指定、国から財政支援を受けて除染する。

人物略歴 もりや・まさる
 北海道生まれ。京都大大学院理学研究科修士課程修了。環境省水・大気環境局総務課長、官房審議官(地球環境局担当)などを経て昨年8月から現職。今年1月、福島環境再生事務所長代行を兼務。
    −−「急接近:森谷賢さん 本格化する放射性物質除染作業の見通しは」、『毎日新聞』2012年2月18日(土)付。

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http://mainichi.jp/select/opinion/approach/news/20120218ddm004070095000c.html


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