丸山眞男「内村鑑三と『非戦』の論理」についての覚え書


twitterのまとめですいません

丸山眞男集』第5巻(岩波書店)読了したので所収の『図書』(岩波書店、1953年4月号)に掲載れた「内村鑑三と『非戦』の論理」について覚え書き。

「明治の思想史において最も劇的な場景の一つは、自由と民権と平和のわれ人ともに許すチャンピオンが…相次いで国家主義帝国主義の軍門に降って行く姿」で始まる短評で、「現実を正当化する論理」をはね返す内村鑑三に注目し、自称リアリストの論理の欺瞞を撃つ。

不敬事件から日清戦争を経て日露戦争へ至る歩みは「リアリズム」による帝国主義の肯定、そして天皇イデオロギーに対する諸宗教の降伏と馴化。勿論、キリスト教徒も例外ではない。その文脈から丸山は、いかに内村が「後天的」な反戦思想家になったかを概観する。

リアリズムはどう転じるのか。対露関係の切迫化は、「『しか有ること』と『しか有るべきこと』を区別した瞬間、その『リアリズム』は彼等の主観的意図を越えて、しかある現実を正当化する論理に転じた」。勿論、内村自身、「先天的」な反戦思想家だったわけではない。

日清戦争時には「朝鮮戦争の正当性」と主張しているし、積極的な主戦論者だから「転向」ともいえる。ただ「大抵の思想的転向は客観的情勢に押され、その流れに沿っての転向であるのに対し、内村の場合は逆に一般的思潮の推移と正反対」への歩みだった。

日清戦争がもたらしたものは何か。朝鮮の独立は返って低下し「東洋全体の危殆の地位」をもたらした。素朴な愛国の情熱が強かっただけ出に、それだけ内村の失望と悔恨は大きい。「それがそのまま戦争否定への精神的エネルギーに転化」するのである。

「全く利慾のための戦争でありしを悟て、余は良心に対し、世界万国に対し、実に面目なく感じた」(「内村余の充実しつゝある社会改良事業」)。リアリズムは時流を肯定する「方便」「言い訳」へと転じていく。それに対して、内村の場合は、精査・反省から反転公正へとうって出る。

注目したいのは(そして、言うまでもないが)、内村は変節ではないという点。反省をして転じていくのである。それに対して、当時の平和から義戦へという「転向」翼賛論者は、過去を精査・反省という契機が殆ど無いという点。これは当時だけの状況ではないだろう、今も同じ。

丸山の腑分けは、内村非戦論が信仰の立場からの演繹的な帰結だけではなく、「帝国主義の敬虔から学び取った主張」と見抜く。即ち「彼の論理に当時の自称リアリストをはるかにこえた歴史的現実への洞察」である。

総力戦としての利欲を目的とする近代戦争とは「目的を達成するための手段としての意義を失いつつあること」。「正義の戦争」と「不義の戦争」の区別を非現実的なものして行くだろうと内村は、その本質を見抜いていく。「戦争は勝つも負けるも大なる損害」(「戦争廃止の必要」)。

「戦争は戦争を生む、…軍備は平和を保障しない、戦争を保障する」。内村の言葉「世界の平和は如何にして来る乎」)を引きつつ「内村の論理がその後の半世紀足らずの世界史においていかに実証されたか、とくに原爆時代において幾層倍の真実性を」加えたかは説くまでもないと丸山。

内村をあざけり、あっぱれリアリストを以て任じた人々が次々と主張をそれとなく転変していくこと。そして反省から「転向」し罵倒されていく内村の立場と「いずれが果して歴史の動向をヨリ正しく指していたか」。「これは単に学校の試験問題ではない」としめくくる。

以上が概要。ここで考えたのは、内村の場合、思想信条や歴史認識から「転向」したということ以上に注目したいのは、自身の誤りをきちんと反省できる人間であるからこそ、「ヨリ正し」い方向へ展開できたという点。対照的なのは、非戦論から正義戦争論への系譜、全く逆である。

後者の場合、そこには「反省」も「自己認識」もナニモナイ。歴史の推移だから「必然」とし、「転向」していくのである。ここはおさえておくべきかも知れない。人間は誤り易きものであることは言うまでもない。

しかし自己確認としての精査が無いままずるずるべったりに展開していく恐ろしさは自覚的であるべきであろう。問題なのは思想や考え方が変わることではない。変わることに対してどこまで誠実であることができるかだ。そこに目を瞑ったまま、推移していくことほど恐ろしいことはない。

内村の日清から日露への転回はキリスト教信仰に基づく観点からの指摘には枚挙の暇がない(大正期の再臨運動も視野にいれつつ)。しかし、それをリアリズムと歴史認識の観点、そして「率直」な内村の反省できる「精神」に見出す丸山眞男の「読み」にはたまげてしまった。

前年にサンフランシスコ条約が効力開始、この文章を執筆後に朝鮮戦争終結する。恩師の一人であり内村門下南原繁は戦後すぐに「曲学阿世の徒」と罵倒。8年前の「総懺悔」は「反省」という契機を割愛したまま、めきめきと復権・定着する時世。それへの批判もあるだろう。

しかし、この丸山の認識は過去のものではないし、現在進行形の問題でもあるし、未来に出来する事柄でもある。人間は立場を変えていく。こっそり変節するのか。自己認識を踏まえた上で「転回」していくのか。ここには大きな違いがある。そして権力とは「反省」しないものでもある。

明治キリスト教世界において、変節の巨頭は海老名弾正であろう。海老名は「罪」の意識が希薄だ。対して「罪」意識の高潮は植村正久、しかし植村の場合、脆弱な境界の橋頭堡を守ることで権力とバーターという苦渋を選択する。内村とは対照的である。

因みに海老名門下の基督者が吉野作造である。吉野も極めて「罪」意識が希薄である。しかし、自身の過去の言説と現在の現在の「転回」に関しては必ず「反省」をして転回していく。ここは興味深い。日露戦争では愛国者のそれである。しかし最終的には無政府主義

丸山の分析ではありませんが、宗教的信念だけでない様々な要素が同じような発想であったとしても、それぞれを弁別していくのは確かだろうと。まあ、「過去」と「現在」の整合性への専念よりも、それをその人がどう認識した上で転回しているのかはチェックすべきですね。


 








102