病院日記:自分の外に出るというのは、他なるものを配慮するということ

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レヴィナス 私の本(引用者注−−『実存から実存者へ』のこと)が言おうとしたのは、存在は重苦しい、ということです。
ポワリエ それは無に対する不安ではないのですか。
レヴィナス それは無に対する不安ではありません。実在の《在る》に対する恐怖なのです。それは死ぬことへのおそれではなく、おのれ自身の「過剰」なのです。事実、ハイデガー以来、あるいはカント以来といってもいいかも知れませんが、不安は、存在しないこと(ne-pas-être)の情動性として、無を前にしたときの心細さとして分析されてきました。それと違って、《在る》に対する恐怖は自己に対する嫌悪感、自分が自分であることのやりきれなさ、というのに近いのです。
ポワリエ であるこそ、自分から外に出ることが重要なのでしょうが、いったいどうやって自分の外に出ることが出来るのでしょう?
レヴィナス そこです。そこで私たちは根本的な主題にゆきつくのです。自分の外に出るというのは、他なるものを配慮するということです。他なるものの苦しみと死を気遣うより先に気遣うということです。
 それが心の喜びから出来るというふうに言っているわけではまったくありません。またそれはたやすいことだと言っているのでもありません。ましてやそれが存在することへの恐怖とか存在することの倦怠とかに対する治癒であるとか、存在する努力に対する治癒であるとか言うのではさらにありません。それは自分から気をそらす方法ではまったくないのです。
 私が言いたいのは、それは私たちの人間性の根源の発見である、ということです。それはまた他者との出会いにおける善なるものそのものの発見なのです。私は「善」という言葉を用いることをおそれません。他者のために、他者の身代わりになる有責性は善であるからです。それは快適なことではありません。それは善いことなのです。
    −−エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)「ポワリエとの対話」、エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性』国文社、1991年、117−118頁。

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先週の火曜日、看護助手の仕事での入浴介助の最終担当日になりました。4月からは神経内科と異なる部署へ異動するので、最後になりましたが、ちょと考えることが多かったので「病院日記」として残しておきます。

基本的に身体を自ら動かすことに難儀のある入院されている方が多いのですが、今回は、入浴のお世話をさせていただいた、(どうやら若い頃は教員の方のようでしたが)おじいさんが興味深いことをいっておりました。曰く……、

「ここにくると、人間とは平等なんだなということを実感するね」。

その憶断を批判するつもりもないけど、そうおじいさんが言う言葉が字義通りにそうなんだなあと思った次第です。

何かといえば、人間が平等であると実感する「時」というのは、自らの存在が、自らの意志を離れ、文字通り、他者の手に委ねられる瞬間にそれが立ちがあるのではないか、という話しです。

誰でも人間は平等であるという認識を建前としては持ち合わせている(確率が高い)。しかし、生活の中では「そんなん、お花畑」と居直ってしまうのが現実で、僕もその例外ではない。しかしそうした臆見が木っ端みじんになり、人間の平等性を実感する瞬間がある。そしてそれは自発的に自分がそう思うというよりも、その人間が外堀を埋められて最後に辿りつくところに現出するする……そう、いわば、逆説的ながら、自分の命が他者の手に完全に委ねられた瞬間に「平等」の観念を体得するのでしょう。

人間とは他の動物に比べると実にその成育に手間暇のかかる存在である。例えば、牛の赤ちゃんは生まれ落ちて自分の足で大地に立ち乳を飲むことができる(できなければそれは死を意味する。しかし、牛の赤ちゃんと違って人間の赤ちゃんにはそれができない。

常にその生育に他者の介在が不可欠となる。

オレは自分一人で勝って来たみたいな傲慢さと訣別する必要があるよなあと思ったりです。

単純な他者に対するビジネス論的な信頼論ではないけど、全的に異なる他者に我が存在をなげうつことで、いきているのが人間なんだよなあ、と思ったり。「ここにくると、人間とは平等なんだなということを実感するね」という気づきは、「病を得れば、エライ人もフツーの人も皆同じ」という軽率な傲慢というよりも、むしろ、どちらかといえば、自身へもう一度戻る大切な手続きなのではないかのかね、と。

そこで人間観が更新されることによって、世界認識や人間理解の更新がもたらされる。






 






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