書評:波多野澄雄『国家と歴史 戦後日本の歴史問題』中公新書、2011年。

1




波多野澄雄『国家と歴史 戦後日本の歴史問題』中公新書、読了。戦後日本は、先の大戦をどのように検証し、国民に説明し、負の遺産にどのように向き合ってきたのか。一億層懺悔から戦争記念館まで−−。「脱帝国化」に失敗した戦後日本の歩みを概観し、未来への説明責任を展望する一冊。


帝国臣民とされた旧植民地出身者は講和により外国人と規定された。帝国においても日本人とみなす一方で対内的には戸籍をもって外地人を峻別、転籍の自由も認めなかった。国籍と戸籍は統治の便宜的技術として利用されたが、脱帝国後もていよく峻別は利用された。

旧植民地出身者に対する扱いや靖国神社の「宗教」としてのあり方は「脱帝国化」の失敗であり、「『歴史問題』は必ずしも日中戦争・太平洋戦争や植民地支配に起因するものばかりではない。問題の源をたどると国民国家としての形成時にさかのぼるものもある」。

憲法の言う平和国家論を『国是』として守り抜こうとすれば、村山談話を力強く支えるような内実を与える必要がある。その内実とは、近代日本の戦争と膨張主義の遺産についての歴史的検証可能な知的的基盤の形成。この「未来への説明責任」が最も欠如している。 


        • -

未来への説明責任

 さて、本書が取り上げてきた「歴史問題」は必ずしも日中戦争・太平洋戦争や植民地支配に起因するものばかりではない。問題の源をたどると国民国家としての形成時にさかのぼるものもある。たとえば、国籍や戸籍という問題は、誰が国民であるかを定義する国の構成原理の問題であり、また靖国神社問題は明治国家を精神的に支える宗教のあり方という問題が根底にある。
 したがって、国籍や靖国という問題は国の基本的な統治原理を変えない限り解決が困難であるように見える。しかし、近代日本の絶え間ない対外戦争と帝国としてのあくなき膨張は、その過程で引き起こされた他の歴史問題はもとより、これらの問題までも近隣諸国の国民の尊厳を著しく傷つけ、苦しめる問題として顕在化させた原因となったのである。
 自ら痛みをともなうことはなかった帝国の解体、そして最も長く、最も大きな被害を与えた中国との戦争の記憶が遠のいていったことは、戦争や植民地支配の「リアリティ」を欠いた「平和国家論」を導く温床となり、平和国家の道を歩むことが忌わしい過去の清算につながるという、新憲法に依拠する政府の立場を支えてきた。平和国家論は単にレトリックにとどまらず、過去を反省しつつ自己改造を遂げ、平和的発展を享受できた源泉であったと評価することもできるであろう。しかし、こうした平和的発展の実績は「講和体制」に守られてこそ可能であった。講和体制とは、とりもなおさず日米間の共通の利益を優先的守るための体制であったからである。その一方、平和国家論の政府にとっての持続性は、過去の戦争の評価について公的検証や説明を避けることと表裏一体の関係にあった。
 国が過去の戦争について歴史的評価を避け続けてきたことは、公的な慰霊や顕照の対象は誰なのか、国家補償すべき真の戦争犠牲者とは誰なのか、あるいは戦争責任者とは誰なのか、といった問題に明確な答えを導き出せないまま、戦前国家の仕組みのままに公務に殉じた日本人への償いの優先を招いた。いずれにしても、平和国家論は、敗者が過去の戦争と正面から向き合い、真摯に戦争を検証するという困難な作業から生まれたものではなく、対外的理解を得られるものではなかった。
 平和国家論をいわば「国是」として守り抜こうとすれば、そこに沖縄からの批判にも耐え、村山談話を力強く支えるような内実を与える必要がある。その内実とは、近代日本の絶え間ない戦争と帝国圏の膨張の遺産について、広く歴史的検証可能な知的基盤の形成にあろう。それは、国や地方を問わず日本の行政機関に著しく掛けている「未来への説明責任」を果たすためでもある。
    −−波多野澄雄『国家と歴史 戦後日本の歴史問題』中公新書、2011年、279−280頁。

        • -


Resize1220



国家と歴史 (中公新書)
波多野 澄雄
中央公論新社
売り上げランキング: 107,599