覚え書:「書評:魚で始まる世界史 越智 敏之 著」、『東京新聞』2014年07月27日(日)付。

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魚で始まる世界史 越智 敏之 著

2014年7月27日

◆歴史つくったタラ、ニシン
[評者]池田智=成城大講師
 西欧食文化の軸は動物の肉のイメージが強い。だが、著者によると、それは十八世紀の農業革命によって一年中肉を供給するシステムが確立してからのことだという。中世キリスト教世界においては、断食日が「魚の日(フィッシュデイ)」と呼ばれ、一年の半分は魚を食べていたというのだ。確かに英国でもっともポピュラーな料理は「フィッシュ・アンド・チップス」。このフィッシュは普通タラだ。ユダヤのパン、ベーグルにつきものは「ロックス・ストック」。ストックはスープ。ロックスは「サケの燻製(くんせい)」。オランダや北欧のニシンの酢漬けは、ビール好きには垂涎(すいぜん)の品だ。
 本書で扱う魚はタラとニシン。タラはアメリカ東部マサチューセッツ州東端の岬名に見られる。コッド岬のコッドがそれ。どれほどタラがいたか想像をかき立てる岬名だが、なぜかこの岬に漂着した移民集団ピルグリム・ファーザーズの多くは飢餓で没した。本書はその不思議を解き明かしている。
 本書の標題は、タラとニシンがヴァイキングの大西洋進出の理由や、加工されたタラが大航海時代の保存食として大切にされたこと、ニシンを国際貿易主要商品にするための保存加工技術と輸送手段確立のための「ハンザ(商業同盟)」の隆盛に直結している。興味深いのは百年戦争中の「ニシンの戦い」にも関係していることだ。英国がフランス軍の猛攻の前に、兵糧としての塩漬けニシンの樽(たる)をバリケードに戦ったという。
 本書はこのように世界史におけるタラとニシンの役割を解説するのだが、京料理「いもぼう」や韓国料理「プゴク」の材料の棒ダラが、生臭いのが理由で魚を嫌うと言われた西欧で商品になっていたことが意表を突く。本書誕生のきっかけは「おまえを干ダラにしてやる」というシェイクスピアの台詞(せりふ)だそうだ。その意味は「さんざん殴って、海に投げ捨ててやる」とのこと。確かに干(棒)ダラは料理する前に叩(たた)いて柔らかくしなければならない。
平凡社新書・864円)
 おち・としゆき 1962年生まれ。千葉工業大准教授、シェイクスピア専攻。
◆もう1冊
 マーク・カーランスキー著『塩の世界史』(上)(下)(山本光伸訳・中公文庫)。製塩の技術、塩をめぐる戦い、塩税など塩と人の歴史を描く。
    −−「書評:魚で始まる世界史 越智 敏之 著」、『東京新聞』2014年07月27日(日)付。

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