覚え書:「今週の本棚:昨日読んだ文庫 中村元『原始仏典を読む』岩波現代文庫=植木雅俊」、『毎日新聞』2015年04月05日(日)付。

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今週の本棚
昨日読んだ文庫
植木雅俊

 本来の仏教について知りたい人に薦めたいのに長年、絶版状態だった中村元著『原始仏典を読む』(岩波現代文庫)が昨年九月復刊され、改めて名著の思いを新たにした。
 大学時代、極度の自己嫌悪に陥っていた時、中村訳の原始仏典の一節「自らを島として他人をたよりとせず、法を島として他のものをよりどころとせずにあれ」に出会って、ホッとするものを感じ、自己嫌悪を乗り越えることができた。以来、物理学を学ぶ傍ら仏教書を読み始めた。しかし「だから何なのだ?」という読後感がしばしば残った。
 一九八五年に本書が岩波セミナーブックスろして出版され、貪り読んだ。身の回りで見聞する仏教と違い、人の在り方として納得いくことが中村によって講じられていた。
 釈尊自身が平易な言葉で教えを説いていて、中村もわかりやすく語りかけていた。神格化され人間離れしたブッダ像を選り分け、歴史的人物としての「人間ブッダ」の実像に迫り、最初期の仏教の実態を浮き彫りにし、仏教が本来、迷信や呪術、葬式仏教、差別思想、権威主義とは無縁で、道理にかなったものであったことを明らかにしていた。
 四十歳を過ぎて、最晩年の十年近く、中村の講義と指導を毎週三時間受けるという幸運に恵まれた。二〇一二年の中村生誕百年を期して評伝『仏教学者中村元』(昨年七月)をまとめることになり、改めて本書を何度も読み返した。
 原始仏典の古層では「自己を求めよ/護れ/愛せよ」と積極的に自己を肯定し、「自己の実現/完成」を説いていて、「無我」という表現は見当たらない。仏教は本来、倫理的実践主体としての「真の自己に目覚める」ことを強調していて、決して自己から目をそらさない。盲目的信仰とは対極にある。
 日本は仏教国と言われるが、仏教を「ありがたいもの」に祀り上げて、「いかに生きるか」という「自己との対決」は欠如していた。文庫化された本書を手にすると、原始仏教の普遍性と本来の意義を現代に蘇らせようと、「自己との対決」の必要性を訴える中村の声が聞こえてくる。(仏教思想研究家)
    −−「今週の本棚:昨日読んだ文庫 中村元『原始仏典を読む』岩波現代文庫=植木雅俊」、『毎日新聞』2015年04月05日(日)付。

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