覚え書:「テロリズムに抗する思想 アルベール・カミュに学ぶ 寄稿 桃井治郎」、『毎日新聞』2015年04月20日(月)付夕刊。
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テロリズムに抗する思想
アルベール・カミュに学ぶ
寄稿 桃井治郎(中部大学国際関係学部講師、国際関係学)
(写真キャプション)チュニスのバルドー博物館周辺で行われたイスラム過激派に抗議する行進で、チュニジアの国旗を振る市民たち=3月29日、ロイター
3月18日、北アフリカのチュニジアで日本人観光客3人を含む20人余りが殺害される博物館襲撃事件が発生した。本年1月にはシリアで日本人が2人殺害され、2ねんまえの2013年1月にはアルジェリアで日本人10人を含む28人が犠牲となるガスプラント襲撃事件が発生している。いずれもイスラーム過激派集団による犯行である。
現代はテロリズムの脅威が世界に拡散したグローバル・テロリズムの時代と呼ばれる。それでは、こうした時代にわれわれはどのようにテロリズムに抗していけばよいのだろうか。
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アルジェリア生まれの作家アルベール・カミュは、1950年代に始まるアルジェリア独立戦争の時代に生きた人物である。処刑や拷問などフランス治安当局による徹底的な弾圧とアルジェリア民族解放戦線(FLN)による市中での無差別爆弾攻撃など、凄惨な闘争が繰り広げられた時代である。それはまさにテロリズムの時代であった。
なお、カミュはフランス植民地主義を鋭く批判しつつも、FLNを支持しなかったため、フランスの論壇から転落していく。FLNを積極的に支援し、時代の寵児となったJ・P・サルトルとは対照的であった。
カミュは、小説『異邦人』において、理屈では説明がつかない現実における「不条理」を描いた作家として知られるが、カミュに思想にはもうひとつ重要な概念がある。それが小説『ペスト』において描かれた「反抗」である。
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『ペスト』は、アルジェリア西部の町オランでペストが発生し、町が封鎖されるが、幼い子供を含む多くの住民が次々とペストに倒れていくというストーリーである。ただし、この作品のテーマは、こうした「不条理」な状況において人間はなにをなすべきかという点にある。
主人公の医師リウーは、「不条理」な状況に対し、絶望してすべてをあきらめてしまうのでも、神に救済を祈るのでもなく、命を守るために自らの職務を果たすべきだと説く。それは「際限なく続く敗北」だと認めるが、それでも「戦いをやめる理由にはならない」とリウーは述べる。容認できない現実に対して拒否(ノン)の声を上げ、行動するというこのリウーの態度こそ、カミュの言う「反抗」である。そして、人間共通の護るべき領域の存在によって「反抗」には連帯が生まれるという。『ペスト』では自発的な保健隊の活動が描かれている。
ただし、カミュは「反抗」と「革命」を区別する。「反抗」が、容認できない現実から出発して漸進的な改善をはかるのに対して、「革命」は、絶対的な正義から出発してその正義をむりやり現実化しようとする。その結果、上からの正義の実現を目指す「革命」には必ず暴力が付随し、正義と正義のぶつかり合いによる絶滅戦に至ってしまうのである。カミュの「反抗」論は、こうした暴力の連鎖に陥ることなく、社会の改善をはかろうとする態度である。それは「際限なく続く敗北」であるかもしれないが、それのみが暴力やテロリズムを排して社会を改善する唯一の方法であるとカミュは説く。
テロリズムという不条理な現実に対して、いま、われわれがとるべきは、現実に絶望してあきらめてしまうことでも、絶対的正義を掲げてテロリズムを力で根絶しようとすることでもなく、暴力や恐怖によって社会を変えようとする暴力主義に「ノン」と声を上げて拒絶し、暴力を容認しない社会を一歩づつ作り上げていくことにあると筆者は考える。
−−「テロリズムに抗する思想 アルベール・カミュに学ぶ 寄稿 桃井治郎」、『毎日新聞』2015年04月20日(月)付夕刊。
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