覚え書:「書評:戦後思想の「巨人」たち 高澤秀次 著」、『東京新聞』2015年10月11日(日)付。
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戦後思想の「巨人」たち 高澤秀次 著
2015年10月4日
◆批判して見えてくる未来
[評者]上野昴志=評論家
いささか誤解を招きやすい書名だとは思う。戦後思想を担った「巨人」たちの仕事を検証した本のようにも思えるからだ。だが、実際は、二〇一一年の3・11以後の現在から、戦後思想の臨界点を見定め、死すべきものには、はっきり引導を渡し、「未来の他者」に向けての道筋をつけようと試みた意欲的な論集である。
すなわち、第一章の吉本隆明、第二章の江藤淳、第三章の埴谷雄高と大西巨人までが、戦後思想の「巨人」たちとして検証と批判の対象となり、第四章の柄谷行人、第五章の大澤真幸と上野千鶴子を通して、可能性としてのコミュニズムや「未来の他者」を探るという構成になっているのである。
それをもたらしたのは、3・11を「決定的な節目」として、「長すぎた戦後」は「敗戦直後の振り出しに引き戻された」という認識のもと、「復興は一九四五年の敗戦以来の全的な『人間復興』へ向けたものでなければならない」という著者の優れて倫理的な構えである。序章で、戦後精神の屈折した原点を示した坂口安吾が召喚されるのも、そのような歴史意識をよく表している。
戦後思想の「巨人」の中で、もっとも厳しく批判されるのは、旧左翼やソ連及び毛沢東の中国などを「スターリニスト」という一語で否認した「革命の否定神学」によって、戦後思想の勝者となった吉本隆明である。吉本は3・11以後も原発推進論者と見まがうばかりの<「反原発」異論>を残した。大西巨人も3・11以後、「原発賛成」に転じるが、こと原子力に対しては、彼らが否定したはずの近代主義的進歩史観から抜け出られなかったのか。
『世界史の構造』を中心に柄谷行人の思考を跡づけてゆく著者の論述に具体的に触れる余地はないが、大澤真幸の『夢よりも深い覚醒へ』から、上野千鶴子へと渡って、「未来の他者」たる「プロレタリアート」を析出していく力業は、示唆に富む。
(筑摩書房・1836円)
<たかざわ・しゅうじ> 1952年生まれ。文芸評論家。著書『評伝中上健次』など。
◆もう1冊
岩崎稔ほか編『戦後思想の名著50』(平凡社)。宮本常一・谷川雁・山口昌男ら、戦後に再生を目指した人々の思想書五十作を紹介。
−−「書評:戦後思想の「巨人」たち 高澤秀次 著」、『東京新聞』2015年10月11日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015100402000190.html