吉野作造研究:吉野作造の天皇観

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 吉野作造天皇
 次に、吉野作造天皇観の特質について考えてみたいと思います。吉野は天皇制をどういうふうに考えていたか。明治の末年から大正期にかけて、美濃部達吉のいわゆる天皇機関説をめぐる上杉慎吉との論争が有ります。美濃部が自己の憲法論を“天皇機関説”と呼んだわけではないが、そう通称されたわけです。美濃部と吉野の二人の天皇観には共通するものがあるように思います。別に美濃部は天皇観を論じたわけではありませんが、美濃部達吉吉野作造に共通に、明治憲法の枠内での民主主義を考えています。
 美濃部は国家法人説に立って明治憲法の解釈をしています。国家は一個の法人であり、天皇はその一つの機関(最高の)である。統治権は法人である国家が持っているとする国家主権説に立つ。したがって天皇憲法の制限をうけているという考えで、制限君主説ですね。また、天皇詔勅は内閣が政策を人民に知らせるために用意するものだから自由に批判して良い、という詔勅批判の自由も説いています。
 吉野作造は、上述のように、主権の所在を問わず、棚上げにして、人民による人民のための政治ということをいっているわけです。この二人が共通して大正デモクラシーの骨組みを与えたのであり、これは戦後の新憲法の背景になったと私は思います。
 吉野の民本主義美濃部達吉のいわゆる天皇機関説とは、伊藤博文明治憲法の二重の解釈のうち、密教的にかくされていた制限君主的な考え方を表層に持ち出し、制限君主的な天皇観を正統の座にひき上げたといってもいいと思います。温和な解き方で日本における民主主義を実践的に一歩前進させるアプローチをとった。明治憲法下という特殊な条件の下にあって普遍的原理を実現してゆく方法、歴史変革の一つの実践的方法を模索し、実行したものといってもいいように思います。
    −−武田清子「吉野作造民本主義」、武田清子『戦後デモクラシーの源流』岩波書店、1995年、4546頁。

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