覚え書:「【書く人】少しずつ前に進もう 『勇気の花がひらくとき やなせたかしとアンパンマンの物語』 ノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子さん(54)」、『東京新聞』2016年02月28日(日)付。

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【書く人】

少しずつ前に進もう 『勇気の花がひらくとき やなせたかしアンパンマンの物語』 ノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子さん(54)

2016年2月28日

 二〇一三年に九十四歳で亡くなった漫画家やなせたかしさんの生涯を、ジュニア向けの伝記としてつづった。「人生は時間がかかる、つらい経験もいつか意味のあることになるかもしれない、そんなことを子どもたちに知ってほしい」と話す。
 やなせさんは戦後、広告デザイナーなどを経て独立するが、漫画家としてはなかなか芽が出ない。五十四歳で発表した絵本「あんぱんまん」も、「顔を食べさせるなんて残酷」と大人に不評だった。
 自分の顔をちぎって、おなかをすかせた子どもたちに食べさせる。半分になった顔で空を飛ぶ格好悪いヒーローをどうして描いたのか。そこには戦争体験があった。
 二十二歳で徴兵され、中国へ。正義の戦いだと信じていたのに、戦争が終わるとそれは侵略だと言われた。正義は逆転すると知った。それじゃあ本当の正義って何だ。戦場で味わった耐えがたい飢餓の経験から<飢えている人を助けることは、けっしてひっくりかえらない、ほんとうの正義>と信じた。
 大人の批判にあらがうように描き続けて五年。人気の輪が広がったのは幼稚園や保育園の子どもたちからだった。
 「もし戦争に行かず、飢えた経験もなければ、アンパンマンは生まれていなかったと思います。『この食べ物をあげたら自分も飢えるかもしれない。でもこの人にあげよう、それこそが正義だ』というのは、ギリギリの経験をした人だからこその感覚でしょう」
 自身は、小学生のころからやなせさんのファン。大学卒業後、やなせさんが編集長を務めた雑誌「詩とメルヘン」の編集者になった。「モダンでおしゃれでいつも明るい」やなせさんの口から初めて戦争の話を聞いたのは晩年を迎えてから。フリーに転じた梯さんが二〇〇六年に『散るぞ悲しき』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したのをやなせさんが喜び、対談に招いてくれた。「印象的だった」というこの時の経験が、本書の執筆動機の一つになった。
 「幼いころの先生は、シャイで内向きな普通の男の子。ちょっとずついろんなことに気づきながら、時間をかけて、幸せを見つけた。同じような子どもたち、たくさんいるんじゃないでしょうか」。そんな子どもにも、いや、大人にも胸に響く物語だ。
 フレーベル館・一二九六円。 (森本智之)
    −−「【書く人】少しずつ前に進もう 『勇気の花がひらくとき やなせたかしアンパンマンの物語』 ノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子さん(54)」、『東京新聞』2016年02月28日(日)付。

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