覚え書:「書評:籠の鸚鵡 辻原登 著」、『東京新聞』2016年11月13日(日)付。

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籠の鸚鵡 辻原登 著  

2016年11月13日
 
◆犯罪に揺さぶられる運命
[評者]千街晶之=ミステリ評論家
 辻原登の新作長篇『籠(かご)の鸚鵡(おうむ)』は、帯の惹句(じゃっく)では「クライム・ノヴェル」と銘打たれている。もちろんそれは正しいけれども、ミステリ専門の作家が書けばこうはならないだろうという、端正でありながらどこか歪(いびつ)な魅力を持つ作品なのも事実だ。
 時代は一九八○年代。和歌山県下津町の出納室長・梶は、和歌山市のスナックのママ・カヨ子から手紙を受け取った。手紙の文面は次第に、彼女の性生活が露骨に綴(つづ)られた、常軌を逸したものになってゆく。それは、暴力団春駒組の若頭である情夫の峯尾の示唆による色仕掛けの一環だった。カヨ子と梶の情事を盗撮し、それをネタに梶を脅迫して大金を強請(ゆす)り取るというのが峯尾の目論見(もくろみ)だ。
 卑近な犯罪を扱いつつエロスと文芸趣味が絡み合った不思議な作品世界がにわかに緊迫感を増すのは、山口組と、そこから分裂した一和会の大阪における熾烈(しれつ)な抗争(いわゆる山一抗争)の余波が和歌山にまで押し寄せて以降だ。峯尾は春駒組の組長から、対立する金指組に送り込まれた幹部・白神の暗殺を指示される。峯尾がいかにして白神を仕留め、逃げおおせるかを描いたくだりは本書の白眉と言うべき部分だ。また、山一抗争の詳細な描写が物語の迫真性を増している。
 梶、カヨ子、峯尾に、カヨ子の別れた夫・紙谷も加えた四人の主要登場人物が、喰(く)うか喰われるかの騙(だま)しあいを繰り広げる終盤ではもう一件の殺人が起きるが、このくだりも秀逸だ。殺人が成功するか否かのスリルを描かせると、著者の筆は一際冴(さ)え渡る。
 通常のクライム・ノヴェルと大きく異なるのは、登場人物たちの運命に、中世の紀州那智勝浦を中心に行われた補陀落渡海(ふだらくとかい)(箱に詰め込まれた行者を小舟に乗せ、沖へ流す捨身行)のイメージが象徴的に重ねられ、中上健次風の雰囲気を漂わせている点だ。通俗性と文芸性が同居した個性的な世界を堪能できる小説である。
(新潮社・1728円)
 <つじはら・のぼる> 1945年生まれ。作家。著書『闇の奥』『許されざる者』など。
◆もう1冊 
 辻原登著『韃靼(だったん)の馬』(上)(下)(集英社文庫)。対馬藩を救うため、将軍に献上する韃靼馬を入手しようとした藩士の活躍を描く歴史巨篇。
    −−「書評:籠の鸚鵡 辻原登 著」、『東京新聞』2016年11月13日(日)付。

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