書評:木村涼子『〈主婦〉の誕生 婦人雑誌と女性たちの近代』吉川弘文館、2010年。



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 近代社会が提示した女性の新しいライフスタイルは、社会的な孤立を女性に強いるものであった。「男は仕事、女は家庭」という性分業によれば、学校卒業後、男性は高等教育機関や軍隊、官庁、工場、会社など、その他の近代的な組織に参入していくのに対し、女性の場合は専業主婦という新種のカテゴリーに囲い込まれてゆき、家庭の中で孤立することになる。産業化によって、それまでオナ磁場で行われていた生産と消費が分離され、職場=公的、家庭=私的という区分が生じ、女性は公的領域から排除され、その役割を私的領域である家庭に限定されたのである。そうした男女の分業体制の確立とともに、女性も生産・共同作業の場に参加していた前近代社会において成立していた女性独自のコミュニケーション世界、「女の世間」(宮本−一九六〇)も縮小あるいは消滅していくことになる。一方、新たに登場した近代的主婦については、その職業に必要とされる実用知識や技能およびモラルの体系が未確立であるにもかかわらず、それらを構築し伝達、共有する職場集団は当然のことながら存在しなかった。役割の私的領域化による女性の社会的孤立が、マスメディアによって構成される準拠集団の形成を必要としたのである。
    −−木村涼子『〈主婦〉の誕生 婦人雑誌と女性たちの近代』吉川弘文館、2010年、102頁。

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「男は仕事、女は家庭」という性別役割の分担と主婦というライフスタイルは近代に確立する。本書は、社会装置としてのメディア(婦人雑誌)に注目し、近代社会の形成とその再生産のプロセスの特徴を明らかにする好著。

素材として取りあげるのは、1920年代に大衆化した商業婦人雑誌(主として『婦人公論』と『主婦の友』)。本書は、「主婦」が「第一の職業」として生成され、女性自身によって受容されたプロセスを明らかにする。概念が相互に生成された経緯には驚く。

20〜30年代の婦人誌の特徴は、「技能」「規範」「ファンタジー」といった重層的な構造をもって、女性に対するニーズ(有益・修養・慰安)に応じるだけでなく、ニーズを引き出し、「主婦」という概念を相互に生成していく。主婦とは「魅力的」なのだ。

当時の婦人雑誌が「読者欄」に力をいれていたことに驚いた。読者から雑誌への人格に対する如き反応は「主婦を育てつなぎとめる共同体」の役割を果たす。雑誌という社会装置による先験的な概念生成だけでなく、女性の側からの適合的な社会化も要因の1つ。

婦人雑誌という社会装置がいかに近代的なジェンダー秩序形成に寄与したのか、そして資本主義社会におけるメディアというイデオロギー装置の特徴を明らかにする本書を読むことは、「かつての事」を学習する以上の意義がある。メディア論としてもお勧めの1冊。

日本出版学会 近代日本における〈主婦〉の誕生  木村涼子 (2011年6月2日)

日本出版学会 - 近代日本における〈主婦〉の誕生 木村涼子 (2011年6月2日)


「本書が,マスメディア研究においても,ジェンダー研究においても,小さくとも新たな一歩を付け加えることができていればと願っている」。













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