書評というかファーストインプレッション:安部龍太郎『等伯』日本経済新聞出版、2012年。

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ほんとは稿を改めて推敲したいのだけど、衝撃だったので、連twのまとめです。



等伯』(上) 2012/05/17

さて、とうとう、読み見ましたよ、上巻だけですが。安部龍太郎等伯日本経済新聞出版(直木賞)。評伝なので筋は横に置きますが、久しぶりに「感動で打ち震えた一冊」でした。返却期限ぎりぎりで通勤中に一気に読了。なさけない話だけど、泣きそうになった。もっぺんゆっくり読みたい。

前半生を描ききる安部龍太郎等伯』(上)で驚くのは、等伯の信仰心の素朴さが極めてユニバーサルだった。素朴かつ普遍的なことに驚いた。そしてそれを時に生き生きと、そして時に活劇の如く、そして時には情愛と静寂に満ちあふれた言語で表現する書き手の存在にも驚いた。武士が主人公でないしね。

後半は、さらに進化・深化としての松林図の実相に迫ると聞く。これはもうただならぬ予感ですよ。(カントが批判するけど)スウェデンボリみたいな安易なスピリチュアルでないところが歴史なんだけど、そこからそういう漆枷を超脱する本物の何かつうのはあるんだなと思った。

ちょと日蓮遺文をもう一度読み直してから、『等伯』の下に挑もうと思います。等伯の歩みそのものなんだけど、そこには、通俗的排他主義的でない包摂がみられる。その包摂とは丸山眞男が批判した日本精神の問題としてのそれではなくして、自身が関わることによって露わになる何かなんだと思った。

私自身に才能がないつうのはハナからわかってるンだけど、等伯の妻の静子と子息の久蔵との交誼には、泣いたよおいちゃんは。

これいいね!



等伯』(上) 2012/05/29

ようやく安部龍太郎等伯(下)』日本経済新聞出版、を読了。
雑感を書き殴っておきます。

安部龍太郎等伯』(上)。本書は、英雄豪傑・剣客でもなく、かといって市井への惑溺でもない「絵描き」が主人公に驚くが、まったく「時代小説」なので二度驚く。安倍さんの「読ませる」力に戦慄した。(上)ははおおむね共感を持って読んだが、(下)は結論から言えば、自分自身との「対話」になったように思う。

安倍『等伯』。個人的趣味かもしれないが、人知を超えた英雄にも「シカタガナイ」と嘆く民衆にも興味はない。その両端には“生きた”人間は存在しないからだ。想像力を張り巡らせるなかで、等身大の人間を描き出す思考実験の一つが時代小説であるとすれば、本書は、時代を画する一書になるであろう。

安倍『等伯』。さて戻るが、(上)は共感しつつ読んだが、(下)は、「等伯」のどうしようもなさに、本を投げ出したくなるほど気分が上下した。しかし、ここが味噌なのだろう。先に自分自身と「対話」と表現したが、等伯の軌跡とは、作業仮設としての両端を排した人間としての「私」自身の歩みであるからだ。

安倍『等伯』。だから、等伯の「どうしようもなさ」にうんざりし、成功のうぬぼれに喜び警戒する。そこには、歴史教科書記載の先人がいるのではなく、読みながら自分自身の姿をみているように感じた。だから、本書を読むことは、自分の姿を等伯を通してまざまざと見せつけられることになったと思う。

安倍『等伯』。通俗的教養小説の説教も無用だが、諦めた人々の後ろ姿を匿名的に活写するのもうんざり。だから、本書は時代を画する一冊だ。英雄色を好むのでもなく、諦めの惑溺のなかに、私たちは存在するわけではない。その意味では本書は日本発のアルゲマイネ・ビルドゥングといってよいだろう。

安倍『等伯』。これは僕の読後観だけど、千差万別の誰が手にとっても違う景色でありながら同じよな軌跡を見て取るのではないだろうか。超越と内在が交差するその瞬間に、松林図を前にした近衛公のぼやき「等覚一転名字妙覚やな」が浮上する。これは日蓮法華経講義の一節だ。

安倍『等伯』。人間が一番直視したくないものは、私自身だ。だから奇を衒う英雄に憧憬し、蓋を閉じて嘯くことで安心する。そこに七転八倒しながら……だから、どうしようもない人間なんだ、等伯は!……「生き抜いていく」。とすれば、私自身も「生き抜いていく」ことができるはずだだろう。

安倍『等伯』。松林図は、ひとつの曼荼羅である。それは仏教に由来し、きわめて「特殊」な形態をとる。文化と言葉の制限があるから「特殊」とならざるを得ない。しかし、そうでありながら「超越」していく普遍性が同時に内在する。人間も同じなのであろう。日蓮観を新たにすると同時に人間観が一新された。

直木賞受賞の安部龍太郎等伯日本経済新聞出版は、勿論、読んで「面白い」。しかし、ほんとうに恐ろしい小説だ。本書を手に取ることで、自分自身と対峙し、自己認識を一新していく手掛かりにして欲しいと思う。「等伯」とは、極めて私自身の事柄でありながら普遍的なのである。






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