覚え書:「書評:山怪(さんかい) 田中 康弘 著」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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山怪(さんかい) 田中 康弘 著

2015年7月12日


◆怪異と出会う人の心
[評者]宇江敏勝=作家・林業
 私は炭焼きなどをして、長いあいだ山小屋で暮らした経験をもっている。そこで説明のつかないような怪しいこと、不思議なことや怖(おそろ)しいものに出会ったことがあるかといえば、それはまったくなかった。だが怪談は、聞くのも読むのも大好きである。自分でも創作として書いている。その感性は山暮らしの中で身についたものかも知れない。実在するものとはちがった性質の刺激と感動がもたらされるのである。
 一九五九年生まれの著者は狩猟など山の現場を取材するカメラマンで、東北地方のマタギからの聞き書きが多いが、中部や近畿、四国あたりにも足をはこんでいる。
 本書はいわば現代の怪談なのである。狐(きつね)や狸(たぬき)にたぶらかされるはなしが多い。とんでもない大蛇やまぼろしの怪獣ツチノコも登場する。臨死体験や死者の霊との出会いもある。真っ昼間に急にどうしようもない恐怖心におそわれたり、不思議な物音や人の声を聞くこともある。たいていはふだんの暮らしの中で静かにさりげなく遭遇するのである。
 後書きに、「山の怪異は現象なのか、それとも心象なのかと問われれば、私は心象と答える。(略)しかしその風景を浮かび上がらせる何らかの源は、間違いなく山に存在している」と書いている。私も同感である。
 (山と溪谷社・1296円)
 たなか・やすひろ カメラマン。著書『マタギ−矛盾なき労働と食文化』など。
◆もう1冊
 宇江敏勝著『鬼の哭(な)く山』(新宿書房)。熊野を舞台に妖怪や精霊と生きる人々を描く民俗伝奇小説シリーズの一冊。
    −−「書評:山怪(さんかい) 田中 康弘 著」、『東京新聞』2015年07月12日(日)付。

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山怪 山人が語る不思議な話
田中康弘
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