覚え書:「今こそ茨木のり子:時代を見つめ、明快に主張」、『朝日新聞』2015年09月21日(月)付。

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今こそ茨木のり子:時代を見つめ、明快に主張
2015年09月21日
 読むとぴんと背筋が伸びる詩の数々。亡き人々を胸に、しなやかに意志を貫いた。

 70年間戦争のなかった日本で、「戦争反対」を叫ぶ人波が街頭にあふれている。こんな時、時代から目をそらさず、社会と自分を省み続けた詩人の言葉がよみがえる。

 「わたしが一番きれいだったとき」などで知られる、茨木のり子。軍国少女だった戦時中への悔いや、そこから学んだ「自分で考える」ことの大切さを繰り返しうたった。

 「駄目なことの一切を/時代のせいにはするな/わずかに光る尊厳の放棄/自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」(「自分の感受性くらい」から)

 抑制的な表現の中に、社会性と明快な主張のある詩は、多くの読者を得た。しかし隠喩を駆使した表現も多い現代詩の詩壇内では、「詩ではない」「まっとうすぎる」と批判されることもあった。

 出版社「童話屋」社長の田中和雄さん(80)と妻で絵本翻訳家のみらいななさん(75)は晩年親しくした。物をはっきり書くために詩人仲間に「怖い女と思われている」と不満げだったが、どう思われてもいい、自分の名前が残って欲しいと望んでいたという。

 先人の意思を継いで詩を書いている矜持(きょうじ)があった。特に尊敬していたのは、戦争中も反戦を貫いた金子光晴だ。

 「瞳」という詩で、若い頃金子に言われた「ぼくらの仕事は 視(み)ている/ただ じっと 視ていることでしょう?」という言葉を引いている。「今頃になって沁(し)みてくる その深い意味が(略)数はすくなくとも そんな瞳(め)が/あちらこちらでキラッと光っていなかったらこの世は漆黒の闇」と続く。

 50歳を間近にした1975年はつらい年だった。物書きとしての茨木を「のびのびと育てようとしてくれた」(随筆「はたちが敗戦」)夫ががんで他界。金子も逝った。

 今夏上演された「グループる・ばる」の演劇「蜜柑(みかん)とユウウツ」は、死後出版された詩集「歳月」が物語の一つの軸になっている。亡夫への思慕や性をうたい、「〈私〉を含みこむことで茨木さんの〈公〉はより深く大きくなった」と谷川俊太郎さんが評した詩集だ。

 劇作家の長田育恵さん(38)は、茨木の真骨頂は「一生涯ぶれない意志の力」だと感じた。劇の中の「ノリコ」に「今度こそ(略)ここに生きてる全員が自分で考える。そうじゃなきゃいつかきっとまた同じ目に遭う。だから書くのよ」と語らせている。

 茨木の意思を熟成させたのは、夫を亡くした後の悲しみを抱えた時間なのではないか。書きながら想像した。

 「茨木のり子を詩人として誕生させたのは戦争体験だけど、詩人になっていくために、1人になってからの30年は必要な時間だったと思います。夫の分も時代に対して責任を果たさなきゃいけないという思いが強くなったのではないでしょうか」

 75年に書いた「四海波静」は、昭和天皇の戦争責任に触れた詩。戦争未亡人の気持ちを思って書いた。約20年後の「鄙(ひな)ぶりの唄」は、直立不動の国歌斉唱はしたくないという詩。一貫した姿勢は、戦争が遠ざかり世相が変わるにつれ、より際だって見える。

 おいの宮崎治さん(51)から見た茨木は、むしろ弱気な人だった。聞き上手で、若い人の考えに興味を持ち、よくニュースの感想を尋ねた。料理上手で愛煙家、静かな部屋で過ごす時間が長かった。

 「あらゆる仕事/すべてのいい仕事の核には/震える弱いアンテナが隠されている きっと……」(「汲〈く〉む」から)

 (高重治香)

 <足あと> 1926年、大阪市生まれ。医師の父のすすめで現・東邦大薬学部で薬剤師免許を取るも、使わなかった。23歳で結婚。53年に川崎洋らと詩誌「櫂(かい)」を創刊。60年の安保闘争のデモに参加したこともある。50歳からハングルを学び、91年に「韓国現代詩選」の翻訳で読売文学賞を受賞。韓流ドラマも好きだった。2006年、79歳で死去。

 <もっと学ぶ> 「茨木のり子詩集」(岩波文庫)などで代表作を読むことができる。後藤正治氏による評伝「清冽(せいれつ)」(中公文庫)は人柄や足跡を丹念に追った。「詩のこころを読む」(岩波ジュニア新書)など自分が愛した詩人たちを紹介する書も多い。随筆「ハングルへの旅」(朝日文庫)も。

 <かく語りき> 「自分が育てた野菜を、売り手として手渡すようなそんな詩を書く」(詩人の牟礼慶子に語った言葉)

 ◆過去の作家や芸術家などを学び直す意味を考えます。次回(28日)は俳人種田山頭火の予定です。
    −−「今こそ茨木のり子:時代を見つめ、明快に主張」、『朝日新聞』2015年09月21日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11975668.html





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