研究ノート:「ハイゼンベルクの不確定性原理」についてのひとつのまとめかた





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ハイゼンベルク不確定性原理
 不確定性原理とは、一言でいえば、「この世で人間にわかることには限界がある」というものです。主体が客体を正確に観測できるという、近代科学の大前提が成り立たないことを唱えた、一種の思考実験でした。
 科学において、主体が客体を観測するというのはどういうことなのか。まず例として、温度計でお湯の温度を測ることを考えてみましょう。
 学校の理科の実験で、お湯の温度を温度計で測るさい、「温度計を温めておくように」と言われた人は多いでしょう。温度計を冷たいままお湯に入れたら、お湯の温度が下がってしまうので、もとの正確な温度を測れなくなるからです。
 ところが温度計を温めておいたとしても、お湯の温度とぴったり同じにすることはできません。測る前のお湯の温度はわからないからです。見当で温めますが温めすぎたらお湯の温度が上がってしまいますし、低かったら冷めてしまいます。
 すると問題は、対象に影響を与えずに観測することは原理的にできるのか、ということになります。たとえば、物体を見るためには光を当てなければいけない。しかし、光はエネルギーですから、光を当てれば人間が日焼けするように、対象の物体も必ず化学変化します。
 ではどうすればいいか。思考実験で原理的につきつめると、当てる光を無限に小さくすればよい。小さくしたら見えなくなりますが、無限に当てる光を小さくすれば、無限に影響も小さくなるので、原理的には観測は可能だと考えられていました。
 ところが一九〇〇年に、光のエネルギーには量子という最小単位があって、波長が同じ場合には一定以下にはできないという考え方をしたほうが、実験結果を説明できるという説が唱えられました。これが発展して量子力学になり、しだいに定説になります。
 そうなると、当てる光量を無限に下げることはできないことになります。だとすれば、対象を変化させないで観測することはできません。一定以下に下げるなら波長を変えて長くするしかありませんが、あまり長くすると、メートル波長のレーダーでは小さな物体をとらえられないように、素粒子のような極小の世界を正確にとらえられなくなります。
 つまり観測をやっても、必ず一定の不確定の領域、わからない領域が発生することになります。これが、不確定性原理の考え方でした。
 そうなると人間は、対象を把握できない、世界を完全には把握できないということになります。科学には絶対などありえない、ということが、科学的に立証されてしまったわけです。これはヨーロッパの近代哲学と近代科学の前提が、崩れてしまったことを意味します。
 こうした学説が、ほぼ同時期に唱えられた相対性理論とあわさって、近代科学を過去のものにしてしまいました。ニュートン力学は、日常世界の応用には近似的に使えますが、宇宙のように大きな世界や、原子や素粒子のような小さな世界には使えない、ということになりました。
    ーー小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書、2012年、339ー341頁。

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