覚え書:「今週の本棚・本と人:『あなたも眠れない』 著者・山口恵以子」、『毎日新聞』2014年08月10日(日)付。
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今週の本棚・本と人:『あなたも眠れない』 著者・山口恵以子
毎日新聞 2014年08月10日 東京朝刊
(文藝春秋・1458円)
◇酸いも甘いもかみ分けた視点−−山口恵以子(やまぐち・えいこ)さん
目の前に座る女性はもう白い調理服を着ていなかった。昨年、『月下上海』で松本清張賞を受賞した「食堂のおばちゃん」は今春、筆一本で立つことを宣言。満を持しての最新作は、清張の社会派ミステリー『黒革の手帖(てちょう)』の向こうを張るように東京・銀座の夜を舞台に選んだ。
意味深長なタイトルである。
<腹の空(す)いた人間は食べ物を盗み、金のない人間は金を盗む。それなら、眠りの欲しい人間は、眠りを盗めばいい>
ある事故をきっかけに不眠に悩む女性が、ひとときの<静寂と漆黒の闇>をむさぼるために、高級クラブの客の眠りを奪う−−。物語の設定は1990年、後にバブル経済と名付けられた時代だ。20年以上前から温めていたというヒロイン像を小気味よい文体で描き出した。
「最初から頭にあったのは、眠りを失った女を主人公にすることでした。高級クラブを訪れるような人たちは金も名誉も地位もある。裏返せば、失いたくないものがたくさんあるのでは。そういう場所に“彼女”を潜り込ませたらいいだろうと」
学生時代は漫画家を志したが、「絵が下手」で方向転換。働きながら松竹シナリオ研究所で学び、脚本家を目指してテレビの2時間サスペンスドラマのプロット(筋立て)を量産した。40代半ば、一念発起して食堂で働きながら小説家を志したのは知られるところである。
だからだろう、酸いも甘いもかみ分けた著者の視点が投影された主人公は、欲望と虚飾が渦巻く銀座の街においても決して自己を見失わない。政界疑獄、殺人事件など複雑に張られた伏線は一見、ドラマさながら強引に映る向きもあるかもしれない。しかしリアリティーのあるセリフが物語をしっかりと下支えしている。
「漫画、脚本、小説……形は異なるけれど、ずっと書きたいという一本の糸に導かれてやってきました」。今月初め、北九州・小倉の松本清張記念館を初めて訪ねた。数々の社会派作品を世に問うた巨匠に出版報告をしながら、読みごたえのある人間ドラマを書き続けることを誓った。<文・中澤雄大/写真・中村藍>
−−「今週の本棚・本と人:『あなたも眠れない』 著者・山口恵以子」、『毎日新聞』2014年08月10日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140810ddm015070025000c.html