覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『イージー・トゥ・リメンバー』=ウィリアム・ジンサー著」、『毎日新聞』2014年11月30日(日)付。

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今週の本棚:若島正・評 『イージー・トゥ・リメンバー』=ウィリアム・ジンサー著
毎日新聞 2014年11月30日 東京朝刊
 
 (国書刊行会・3456円)

 ◇アメリカン・ポピュラー・ソングとのロマンス

 テレビでアメリカのメジャー・リーグの野球を観(み)ていると、七回表が終わったところで、球場に「テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボール・ゲーム(私を野球に連れてって)」というポピュラー・ソングのメロディーが流れて、観客がいかにも楽しそうに歌いだす光景に出会う。国民性と言ってしまえばそれまでだが、なんだかうらやましくなる。それでは、やはり球場でしばしば演奏される、アメリカ第二の国歌と呼ばれることもある曲「ゴッド・ブレス・アメリカ」が、「ホワイト・クリスマス」を書いた作詞・作曲家アーヴィング・バーリンの作品であるという事実を、どれくらいの人が知っているだろうか。

 本書『イージー・トゥ・リメンバー』は、そうしてアメリカ大衆の心の中に集合的記憶として今なお残りつづけているポピュラー・ソングの数々と、その作曲家や作詞家たちの物語を、著者ウィリアム・ジンサーの個人史を織り交ぜながら記録した、著者自身の言葉を借りれば「アメリカン・ポピュラー・ソングとの生涯にわたるロマンスの物語」である。ここでいうアメリカン・ポピュラー・ソングとは、一九二七年のミュージカル「ショウ・ボート」とともに始まり、六〇年代半ばのロックの台頭によって終焉(しゅうえん)を迎える、主にブロードウェイのミュージカルや映画の中で歌われることによって、大衆が口ずさむヒット・ソングとなった、歌詞付きの曲を指す。著者はその黄金時代をまさしく生きた人であり、子供の頃に両親がミュージカルを観に行った帰りがけに買ってくる楽譜に魅せられ、ブロードウェイの劇場に足を運ぶようになり、後には新聞の演劇・映画担当記者になったという経歴を持つ。さらにはアマチュアのピアニストとして人前で演奏することもあるという。そういう生の体験を持つ人だからこそ、本書はただの知識ではない、愛情にあふれたものになっている。

 著者の立場が最もはっきり現れているのは、アメリカのポピュラー・ソングの本質を歌詞と曲の融合に見ている点である。従って、作曲家と作詞家の共同作業に焦点が当てられる。たとえば、二〇年代の後半に大活躍した作曲家ジョージ・ガーシュインを扱う章では、彼を作詞で支えた兄のアイラ・ガーシュインにも紙幅が割かれる。映画「カサブランカ」の名曲として知られる「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」に対しては、「メロディーは単調で、歌詞にも目立ったところがない」といささか手厳しい。ポピュラー・ソングの歌い手としてフランク・シナトラを賞賛するくだりでは、「シナトラはだれにもまして、歌詞を心から信じる歌い手だった」と評価する。そして、スペクタクルと大音響を売り物にするようになった現在のブロードウェイ・ミュージカルは「新種の見せ物」だと断じ、かつての「ミュージカルを観る人は、曲と同時に歌詞を楽しむために劇場に足を運んでいた」と結ぶ。

 本書のお楽しみはそれだけではない。各章に多数ちりばめられた図版、とりわけポスターアートとしての初期の楽譜の表紙は、見ているだけで幸せになれる。「ポピュラー・ソングの解剖学」と題された章では、三十二小節を基本とするコーラス部分で、一定の形式を守りながら、いかに作曲家たちがその枠内で独自性を出したか、わかりやすく解説されている。そしてわたしたちも、巻末の索引に挙げられた、約九百曲のリストをひとつひとつチェックして、いつか聴いた歌(わたしは二百曲ほどだった)の一節を口ずさんでみるとき、本書は思い出がいっぱいつまったジュークボックスになるだろう。(関根光宏訳)
    −−「今週の本棚:若島正・評 『イージー・トゥ・リメンバー』=ウィリアム・ジンサー著」、『毎日新聞』2014年11月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141130ddm015070028000c.html






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