覚え書:「インタビュー:なぜ、宇宙へ? JAXAシニアフェロー・川口淳一郎さん」、『朝日新聞』2014年12月06日(土)付。


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インタビュー:なぜ、宇宙へ? JAXAシニアフェロー・川口淳一郎さん
2014年12月6日

(写真キャプション)「ほかがやらないことに、フットワーク良く挑む。それが日本の得意技でしょ」=東京都
 小惑星探査機「はやぶさ2」が宇宙へ旅立った。初代「はやぶさ」の奇跡の帰還は、世界を驚かせ、いまや国際的にも小惑星探査は花盛りになった。その中で、日本は宇宙探査の未来図をどう描いていけばいいのか。宇宙に挑み続ける意義はなにか。「はやぶさ」チームをまとめたJAXAシニアフェローの川口淳一郎さんに聞いた。

 《約7年間の宇宙探査の旅から「はやぶさ」が帰還したのは4年前だった。あちこち故障して「瀕死(ひんし)」の状態。それでも地球から約3億キロ離れた小惑星イトカワの微粒子を採取し、戻ってきた。「世界初」をいくつも成し遂げたその技術には、いまも世界から問い合わせが続く。》

 今回の小惑星探査機には、「はやぶさ2」という名前をつけて欲しくなかったんです。初代「はやぶさ」はあくまで新しい技術を試す実験機。でも今度は確かになった技術でめざすいわば本番の1号機。別のものなのに、プロジェクト段階から名称は「はやぶさ2」。成果を出した「はやぶさ」の後継機と位置づけても、約300億円の予算は巨額だとなかなか認められませんでした。

 アメリカは、日本の年間宇宙予算にも匹敵する約3千億円もかけたキュリオシティという火星探査車を、いきなり火星に運びました。「3千億円もかけて失敗したら」とは言わない。世界レベルの一級の挑戦というのは、他の科学でもそういう規模です。先日、彗星(すいせい)に初着陸をしたヨーロッパの探査機ロゼッタだって14億ユーロ(約2千億円)。でも、日本はリスクを先に言います。

 《川口さんらが、以前からあたためていた「はやぶさ2」のプロジェクトを提案したのは2006年。「はやぶさ」との通信が途絶え、行方不明から復旧を模索した時期だ。》

 「はやぶさ」を計画した最初から描いたシナリオは基本的に同じです。太陽系誕生当時の状態をとどめている小惑星や彗星を探査する「始原天体探査」。地球などの惑星は小さい天体が集まってできたと言われています。大きく丸くなってしまった天体では、誕生のころの痕跡は沈んでいて、地表近くのどこを探しても残っていない。地球の中身や生命の起源はわからないんです。だから小惑星をめざしました。

 「はやぶさ」がめざしたのは、地球と同じ岩石質のS型小惑星イトカワです。太陽の熱で焼け石のようになって、水も残っていません。

 これが、もう少し太陽から離れると、水を含む鉱物や炭素、有機物も残っているC型小惑星が出てくる。それが「はやぶさ2」の向かう1999JU3です。熱に軽くあぶられているので「生命の起源」そのものの大きな分子はとどめていませんが、「生命の進化を育んだ環境」がどう作られたのかがわかります。

 次は、生命の起源そのものを氷づけで保存しているような天体、木星以遠の氷と泥がガチガチに凍ったような小惑星をめざします。さらにその次が、レアメタルなどがあるとされ、丸ごと金属かといわれるM型小惑星の探査です。個人的には、これが一番興味があります。

 《いまは木星の近くにある小惑星群「木星のトロヤ群」の探査構想に携わっている。巨大な帆を広げ、太陽電池で進む「宇宙帆船」で向かう計画だ。》

 トロヤ群は冷凍庫のような小惑星群です。木星の衛星であるエウロパやエンケラドスは、氷の下に海があって、そこに生命があるとも言われている。二つとも小惑星が集まってできた天体のはずです。ならば、近くのトロヤ群に「生命の起源」が見つかるかもしれない。高性能なイオンエンジンを太陽から遠くても駆動できるようなハイブリッド宇宙船を使おうと。宇宙探査の実験機です。

 ぼくはあえていえば、実験機のプロジェクトをやりたい。リスクはあっても新しいことに挑戦するのが実験機。どこにも作り方も何もないところから、何かを創り出すことに意味がある。宇宙探査も数学も、無から有を創るアートだと思っています。数学は頭でイメージをして思想を創っていくようなもの。宇宙探査は数学ほど抽象的ではないけれど、未知のものを探る過程でイメージを膨らませていくアートなんです。これからの時代、日本がめざす宇宙探査はアートでなきゃいけない。どんなに貧弱な探査機でも、作品を描き、挑戦し続けることはできます。

 先月出された政府の「新宇宙基本計画」の素案では、「出口戦略」という言葉が強調されています。出口、つまり結果が見えなきゃダメというんです。でも新しい望遠鏡を作る時、「この望遠鏡を作ったら見える星を言ってみなさい」と問われて、言えますか? 見えるものがわかっているなら作らなくていい。

 JAXA宇宙航空研究開発機構です。「研究」に結果が見えているなんておかしな話はない。セレンディピティーという言葉があります。思いがけなく何かを見つけるということで、この言葉が科学と技術の本質です。「出口戦略」はこの本質と逆行する言葉なんですよ。

 《日本人宇宙飛行士の活躍の舞台となっている国際宇宙ステーション(ISS)の運用寿命は、米国の延長提案でもあと10年。そうなれば日本人が宇宙に出る機会もなくなる。一方、米航空宇宙局(NASA)は火星や月探査に主力を移す。中国は独自の宇宙ステーション建設や20年の火星着陸もめざしている。》

 宇宙開発はこれから、国際共同が避けられない時代になるでしょう。巨額の投資リスクを分散させるために。日本が下請けに回らないよう、気をつけなければいけない。

 日本はまだ新たなロケットを開発するといっています。一方、アメリカは無人機ですが、音速の6倍で飛ぶジェット機を30年に完成させるとし、去年実験に成功しました。東京とアメリカ間が日帰りです。中国も音速の10倍の実験をしました。

 何十年かのスケールで考えれば、宇宙に出ていく未来の乗り物は、翼がありジェットエンジンで飛ぶ「宇宙飛行機」になります。もし、日本がその極超音速機のエンジンを開発したら、決して侮られることはない。得意技で存在価値を示すためには未来志向の投資が必要です。

 日本の宇宙開発は昨今、「宇宙は安全保障に使いなさい」という方向に動いています。情報収集衛星など防衛分野に予算がどんどん振り分けられている。国際情勢の緊張を考えれば、安全保障分野ももちろん強化が必要です。ただ、安全保障に力を惜しまないなら、別途きちんと予算を確保すればいい。科学や宇宙の予算を切り崩してやるのはおかしい。

 安全保障に積極的というよりも、むしろ科学や研究は軽視する国と受け取られます。アメリカは、科学はNASA、軍事と安全保障は国防総省と、組織も予算も切り分け、一定の距離を保って独立しています。日本もそうすべきなんです。

 ウクライナ情勢が緊迫した時、ISSには若田光一飛行士やクリミア半島出身の飛行士もいました。それでもロシアは帰還のソユーズ宇宙船を出した。巨大な宇宙望遠鏡の共同製作、共同宇宙探査など、科学的・文化的なことでの国際協調や緊張緩和の余地は、実は大きいのです。

 ぼくが一番いいと思うのは、各国が協力した「深宇宙港」建設です。

 重力の大きい地表から直接出発するには、性能が低くても大推力のエンジンが必要です。しかし、遠い惑星との往復には高性能な全く別種のエンジンが必要になる。だから、宇宙空間に乗り換え用の港を建設する。そこまで地球脱出用の乗り物で行き、そこで遠い惑星をめざす乗り物に乗り換えて、また戻ってくるターミナルになります。宇宙空間にある物質の分析施設も併設して、宇宙飛行士の役割を広げます。

 《1969年のアポロ11号による月面着陸に魅了された世代が、いま世界の宇宙研究の現場で活躍している。同様に、「はやぶさ」に魅了された日本の子どもたちの間では、宇宙飛行士や宇宙研究へのあこがれが広がっている。》

 厳しい時代を生きる若い人には、「無から新しいものを創ることが本質だと心がけて」という言葉を贈りたい。大人たちや政府は、その芽を摘まないような環境を整える努力をしなきゃいけない。何世紀にもわたる教育・伝統の繰り返しはそう簡単には変えられませんが、「変人の中心」を作って、点在させるといいかもしれません。

 だれも考えない奇抜な発想をして、見向きもされないことを突き詰める「変人」が、躊躇(ちゅうちょ)することなく考えを発言できる機会や場を、あちこちに確保する。変人が議論の中心でも、変人同士が議論できる場でもいい。そんな環境ができあがると、宇宙や科学技術だけにとどまらず、人文社会の分野でも突拍子もないことを考える人が出てきます。

 「変な人」が語り、考えていることを、きちんと議論できる環境を作ることが大切です。こうした環境からノーベル賞を取るような研究者も出るかもしれない。「はやぶさ」のまいた芽が花開く未来を、楽しみにしています。

 (聞き手・宮坂麻子)

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 かわぐちじゅんいちろう 宇宙航空研究開発機構JAXA)シニアフェロー 1955年、青森県弘前市生まれ。83年、宇宙科学研究所に着任。「はやぶさ」プロジェクトマネジャーを経て2011年から現職。著書多数。 
    −−「インタビュー:なぜ、宇宙へ? JAXAシニアフェロー・川口淳一郎さん」、『朝日新聞』2014年12月06日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11492363.html





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