日記:『国富論』の読み方

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 『国富論』は、スコットランド啓蒙の思想文化において、もっとも偉大にして変わることのない金字塔となっている。そこに込められているのは、スコットランドの洗練というレンズを通して見た、人間の行動にまつわる理論であり、そうした人間とは、精神やマナー、資産の改良向上に心から打ち込み、自分たちは自然の成り行きと思えるものに従っているようで、公共の利益に適った行動をしているのだと信じることのできる者のことである。しかし『国富論』は、一般に広まっていた洗練の文化から、社交性に関する理論を抽出するという課題に取り組んでいた、ある非凡な知識人による、もっとも偉大な功績のひとつでもある。その理論の創始者にあたるのが、スミスの偉大な師であるふたり、ハチソンとヒュームであった。ヒュームは、スミスが理論を組み立てるうえで必要な、哲学的な材料を提供し、その理論によってスミスは、どうやって人間が日常生活の経験から、社会で生き延び、成功し、折り目正しく生活することのできる社会的動物となっていく術を覚えるのかを説明した。文明の進歩について話を組み立てる際には、数多くの支配者たちが愚行に走った嘆かわしい物語と同じくらい、人類の物質的・精神的・知的進歩にも注目するようスミスに教えたのも、ヒュームである。スミスによる、この冒険的な試みへの貢献は、財・サービス・意見の交換および流通に対する、さらに人間社会の存続や文明の進歩を左右するさまざまの文化の登場に対する、飽くなき関心に端を発している。この関心は、とてつもない博識、すべての著作にみられる際立った体系的思考、そして決めたことに対する人一倍の真剣さによって培われたものである。というのも『国富論』も大元のところは、『道徳感情論』や執筆に利用した講義と同じように、同時代の人に向けて、自分と自分が相手にすべき人の人生を道徳・政治・知性の面からうまく御するようにと呼びかけたものであるからだ。歴史家が『国富論』を読む際は、こうした文脈に位置づけなければならない。そのほかの読み方は、スミスの信奉者なり批判者なりに任せておけばよい。
    −−ニコラス・フィリップソン(永井大輔訳)『アダム・スミスとその時代』白水社、2014年、312−313頁。

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