覚え書:「ともに暮らす社会へ:中 地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで」、『朝日新聞』2016年08月23日(火)付。

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ともに暮らす社会へ:中 地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで
2016年8月23日


シソのふりかけで、自分好みの味にととのえる岡部亮佑さん(中央)。母の知美さん(左)と中田了介さん(右)が笑顔で見守る=いずれも東京都内
写真・図版
 地域社会で暮らす障害者たちは、どうやって思いを伝えているのでしょうか。会話することや体を自由に動かすことが難しくても、それぞれの方法がありました。

 午後4時、東京都三鷹市の障害者施設から出てきた岡部亮佑(りょうすけ)さん(23)がつぶやいた。

 「だっだっ、はあい」

 迎えに来たヘルパーの中田了介(りょうすけ)さん(36)は「家で風呂に入るか」と応じた。知的障害と自閉症がある岡部さんの障害支援区分は最も重い6。会話はつながらないが意思は通じる。「機嫌が悪い時の口癖。暑いのが苦手だから風呂に入りたいはず」と中田さん。

 岡部さんは18歳で実家を離れ、車で約10分のアパートで暮らす。日中は通所施設で絵を描いたり公園を清掃したりして過ごす。平日の午後4時から翌朝8時と週末は、ヘルパー9人がローテーションを組み、交代で常に付き添う。

 中田さんは岡部さんが小学生の時からの付き合い。一緒に買い物に行き、公園で遊び、食事をして、布団を並べて寝る。行動障害がある岡部さんに危険がないよう見守る。

 岡部さんの両親は将来を考え、小学校4年生の時からヘルパーを付け、地域で自立できるよう準備。実家への帰省は月1回と決めた。生活費は障害年金や東京都の重度障害者手当などで賄い、福祉サービスは自己負担なく利用できる。2年前からは知的障害者も「重度訪問介護」の対象になり、長時間ヘルパーを付けられるようになった。

 父の耕典さん(60)の姿を見た岡部さんが突然、お気に入りの帽子をかぶってぬいぐるみを抱きしめた。中田さんは「外食できるって期待してますね」。レストランへ行くと、岡部さんは隠し持ってきたレジ袋から大好きな氷を出し、熱い茶に入れた。「したいことには知恵をしぼるの」と母の知美さん(54)。周囲に笑いがはじけた。

 (松川希実)

 ■三つの言葉と笑顔で

 「久しぶりだねー」

 東京都練馬区の障害者施設。安部井希和子(きわこ)さん(29)に支援員の石井真紀さん(44)が声をかけると、希和子さんの顔に笑みが浮かんだ。「石井さんは一番お付き合いが長いからね」。母の聖子さん(57)が見守る。

 希和子さんは重症心身障害者だ。普段は自宅で暮らし、週3回、施設に通う。やっと上げた産声はかすかだった。月齢を重ねても無表情で、体中の筋肉に力が入らない。1歳を過ぎたころ、病院で「脳で重症のてんかん発作が起きている」と告げられた。

 「きーわーちゃん、お母さん、きーわーちゃん……」

 聖子さんは娘を抱っこして、二つの言葉をただ繰り返す子守歌を歌い聞かせ続けた。一度でもいいから「お母さん」と呼んでほしくて。

 「あーあん」。希和子さんが初めて母をそう呼んだのは、7歳のころだった。

 体や両手両足はだんだん縮こまり、今は真っすぐ座ることはできない。でも「あーあん」と「ねーあん(お姉ちゃん)」と「はい」という三つの言葉を話せるようになった。「工夫して声をかければ、返事が返ってくるんですよ」

 顔をくしゃっと一瞬しかめると「イエス」。オムツを替える時は少し腰を上げ、歯磨きの時は口を開けてくれる。「何もできないように見えるけど、周りの人をじっと観察して協力しようとしている」

 4年前、めいが生まれた。傍らに寝かされた赤ちゃんに希和子さんはほほ笑み、左手を伸ばしてそっとおなかの上に置いた。

 「ここまで懸命に生きてきた時間で、娘も慈しむ気持ちを育んできたんですね」

 (藤田さつき)

 ◆あすは「ともに暮らす社会」に向けたメッセージです。
    −−「ともに暮らす社会へ:中 地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで」、『朝日新聞』2016年08月23日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12523825.html





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