書評:「山口周三『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(教文館)、『第三文明』2013年3月、96頁。

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「現実的理想主義者」の実像を生き生きと伝える

 近代日本の思想的系譜において、良心と良識を担うチャンピオンは内村鑑三新渡戸稲造である。この二人の師から直接の薫陶を受けたのが本書の主人公・南原繁である。戦後初の東大総長として教育改革を指揮したことで有名である。
 戦後日本を設計した南原の生涯を学ぶ意義は、どこにあるのか−−。それは私たち自身の来(こ)し方を学び直すことにある。浩瀚(こうかん)な南原伝である本書は、その有力な手掛かりを与えてくれる。お薦めの一冊だ。
 南原といえば戦前・戦中の「洞窟の哲人」としての学問的苦闘と真摯なキリスト教信仰に注目しがちだが、本書は戦後の展開に光を当てている。南原の歩みとは、良心と良識を実現させていく「現実的理想主義者」のそれである。たとえば、時の首相・吉田茂は南原の全面講和論を「曲学阿世」と退けたが、南原自身は、当時のソ連・中国へ足を運び首脳と対話を重ねている。南原なくして後の国交回復もあり得ない。一体、どちらが「現実的」で「曲学阿世」なのか。
 本書は膨大な文献を渉猟し、南原の生涯を立体的に描き出している。しかも南原を師と仰ぐ一市民の手によるものだから、驚くばかりだ。南原の弟子・丸山眞男は「一国の学問をになう力は−−学問に活力を賦与するものは、むしろ『俗人』の学問活動ではないか」と指摘した。若き日、南原の一首が機縁になり、その元を訪れた著者の研鑽は「学問に活力を賦与」する労作へと結実した。
 南原繁の実像を生き生きと伝えてくれる現時点でもっとも完成度の高い信頼のおける一冊である。(神学研究者・氏家法雄)
    −−拙文「山口周三『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(教文館)」、『第三文明』2013年3月、第三文明社、2013年、96頁。

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