覚え書:「耕論:何のための英語入試改革 多田幸雄さん、益川敏英さん」、『朝日新聞』2014年11月26日(水)付。
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耕論:何のための英語入試改革 多田幸雄さん、益川敏英さん
2014年11月26日
大学入試の英語が大きく変わりそうだ。文部科学省は「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を測る方式にかじを切ろうとしている。この改革はいったい何のためなのか。そもそも生徒たちは、どういう英語を学ぶべきか。
■情報の海に飛び込む意欲育む 多田幸雄さん(双日総研社長、前経済同友会米州委員長)
大学入試は、英語教育のゴールでも出口でもありません。生涯にわたって学習を続けていくという点から見れば一里塚であり、大学教育から見れば入り口です。
入り口に過ぎないと思えば、TOEFLなど良質な外部の資格・検定試験を使ってもいいのでは、という思いはあります。学生にとっても大学にとっても、肝心なのは入ったあとなのですから。
ずいぶん長い間、英語の大学入試は「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を測るものにすべきだと言われ続けてきました。今は学習指導要領も学校の英語教育の現場も4技能重視です。にもかかわらず大学入試だけが変わらないとしたら、それはおかしいというのが常識的な感覚です。
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<全て読めずとも> 最近の報道では、年間1300万人の外国人が日本を訪れるそうです。タブレットやスマートフォンなど情報通信機器も発達しました。英語に触れる機会も必要性も以前よりずっと増えています。
私は、入試を含め、英語教育改革の目的は二つあると考えます。
一つは、子どもたちが英語に前向きに取り組む姿勢を身につけるようにすること、英語に抵抗感を持たないようにすることです。
英語を媒介にした情報の量は、ほかの言語に比べて圧倒的です。有用な情報を得るには、英語ができないとどうにもなりません。何かを調べようとしたら、世界中の人が英語で論じていることがわかります。学問の世界でもビジネスでも同じでしょう。しかも情報は次々に新しくなり、見直されています。歴史的な観点とか、新しい技術開発とか、新しい理論とか。
ただし、手に入れた情報をすべて英語で読める力を身につけようとしたら、大変な時間と労力がかかります。見つけたものを英語ですらすらと読めればそれにこしたことはありませんが、今は翻訳サイトやソフトが発達しています。
でも、もし、英語なんて見たくもない、あるいは全然わからない、という状態だったら、検索すらしようとしないでしょう。ですから学校教育では英語への抵抗感を減らし、英語の情報の海の中へ入って行こう、そこから自分に必要なものを見つけようという意志と能力を養ってほしい。
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<「アナ雪」のズレ> もう一つの目的は、日本語だけでわかった気になることの危うさや、言語や文化のギャップに子どものうちに気づかせることです。
今年世界中で大ヒットしたアニメ映画「アナと雪の女王」の原題をご存じですか。「Frozen」です。フローズン・ヨーグルトのフローズン。辞書には「凍った、氷結した」とあります。
この映画は、不幸にも心を凍ったように閉ざし氷の宮殿をつくって住む女王が、妹によって姉妹愛に目覚め、心を溶かし春が来る、という話です。でも、日本の若い人たちは「アナ雪」と呼んでいます。雪とFrozenでは、ずいぶん距離があります。
題名だけではありません。私はこの映画が大好きで何度も見ましたが、日本語字幕版に比べて英語版ではやや大人びた印象で、姉妹の苦悩や葛藤がじかに伝わってくるなど、印象がかなり違います。
それで思ったのですが、英米人に限らず、世界各地で英語のわかる人たちが見た「Frozen」と、日本語版で見る「アナ雪」では、伝わるものが違うのではないか。日本語版の「アナ雪」だけでわかった気になっていたら、世界の多くの人たちと認識がズレてしまうのではないか。
日本が直面する国際環境は今後、さらに厳しくなります。単に「英語ができる」だけではなく、アジアをはじめ世界中のライバルと「英語で戦える」「英語で交渉したり議論したりできる」若い世代が一人でも多く出てほしい。そういう思いは長年、国際社会の最前線で働いてきた私たちに共通のものです。
同時に、日本全体で、知日派や親日派の外国人をもっと増やしていくことが大事です。単に英語力を上げるだけでなく、英語を使って世界各地の人たちとつきあい、草の根レベルで国際理解を深めてほしい。学校で英語は勉強した、でも外国の人とやり取りしたことがない、では困りますね。
(聞き手 編集委員・刀祢館正明)
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ただゆきお 52年生まれ。日商岩井(現双日)に入り海外に18年駐在。米では知日派育成を支援するNPO設立。文科省の英語教育の在り方に関する有識者会議委員。
■「読む」1技能でも研究深めた 益川敏英さん(物理学者)
最近、国はどうしてこんなに英語、英語と熱心なのかな、と不思議に思うことがあります。たぶん国際ビジネスの現場で、英語で通用する人材が大勢ほしいんでしょうね。文句なしに英語が必要な世界でしょうから。それに我々の時代と違って、いまや英語は世界共通語。「話す」「聞く」も含めた4技能を伸ばそうというのは、間違いではないと思います。
だけど、学問や研究の世界は、ビジネスの現場とはちょっと話が違う。たとえば国文学では、英語はそれほど重要じゃないでしょう。そういう違いを無視して入試で一律に、全員に4技能を課すのは、どうかな。
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<学問は遊びから> 僕の狭い経験からも、学問で大事なのは「遊び」の心です。教科書通りに覚えることではない。自分で問題をつくり、自分で解いて、ここまでわかるんだと感動する。そんな経験がもとになって、物理や数学が本格的に好きになっていく。自分のセンス、感覚を研ぎ澄ましていくんです。そういうトレーニング、つまり何かに憧れ、情熱を燃やす時間が高校生ぐらいになったら必要なんです。
だけど若いうちから英語に追いまくられていたら、そんな時間が持てなくなりはしませんか。それで4技能が身についたとしても、逆に専門分野の力がおろそかになったら元も子もない。英語はあくまでも他者に何かを伝えるための道具、手段なんですから。
僕は語学が大嫌いです。学生時代もまったく勉強しませんでした。物理の本を読んでいるほうが、はるかに楽しかった。
こんな生き方も、かつてはギリギリ許されました。大学院の入試で、僕が苦手のドイツ語を白紙で出して問題にされたときも、「語学は入ってからやればいい。後から何とでもなる」と言って通してくれた先生がいた。電子顕微鏡の世界的権威の先生でした。
いまだったら、こんな判定はできないでしょうね。ルール通りにやらないと怒られる。僕がいま学生だったら、大学院に進むこともできなかったかもしれません。
でも振り返ってみて、英語ができたらもっといろんな研究ができたかも、なんて思うことは一切ありません。断言できます。
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<母語で学ぶ強み> ノーベル物理学賞をもらった後、招かれて旅した中国と韓国で発見がありました。彼らは「どうやったらノーベル賞が取れるか」を真剣に考えていた。国力にそう違いはないはずの日本が次々に取るのはなぜか、と。その答えが、日本語で最先端のところまで勉強できるからではないか、というのです。自国語で深く考えることができるのはすごいことだ、と。
彼らは英語のテキストに頼らざるを得ない。なまじ英語ができるから、国を出て行く研究者も後を絶たない。日本語で十分に間に合うこの国はアジアでは珍しい存在なんだ、と知ったのです。
ちなみにノーベル賞受賞記念のスピーチも、恒例の英語ではなく日本語で済ませました。英語の字幕つきで。英語でやれと言われたら、行く気はなかったですよ。
こんな僕でも、実は英語は読めます。「読む」の1技能です。だって興味のある論文は、自分で読むより仕方がない。いちいち誰かに訳してはもらえませんから。
ただし、いんちきをします。漢字がわかる日本人なら漢文が読めるのと同じです。物理の世界だったら基本的な英単語は知っていますから、あとは文法を調整すればわかる。行間まで読めます。小説だとチンプンカンプンですが。
英語は、できるに越したことはない。でも、できなくたって生きていく道はある。つまり、英語「も」大事なんです。「も」という言葉がないといけないと僕は思う。だから仮に入試で英語が0点の学生がいたとしても、それだけで門前払いにするようなことだけはしないでほしいなあ。
それに将来はわかりませんよ。20年もたてば、日本語で話せばすぐに翻訳してくれる器具が間違いなくできているはずですから。
それよりも、まずは学問に本質的な興味を抱くこと。得意分野を磨くこと。その先に、やっぱり英語もできたほうがいいね、という程度の話なのではありませんか。
(聞き手 萩一晶)
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ますかわとしひで 40年生まれ。京都産業大学益川塾塾頭、京都大学名誉教授。「CP対称性の破れ」の起源の発見により、08年にノーベル物理学賞受賞。
◆キーワード
<大学入試英語の改革> 文部科学省の英語教育の在り方に関する有識者会議は9月、グローバル化に対応した英語教育改革を提言。大学入試に関しては、「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能からなるコミュニケーション能力が「適切に評価されるよう促す」とした。そのために、4技能を適切に測定できるTOEFLなど外部の資格・検定試験の活用が「奨励されるべきだ」と打ち出した。文科省は近く、外部試験の活用に向けて話し合う連絡協議会を設置する予定だ。
−−「耕論:何のための英語入試改革 多田幸雄さん、益川敏英さん」、『朝日新聞』2014年11月26日(水)付。
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