「この世の中のすべてが嘘であつても、私は人を信じて生きて行きたい」(里村欣三)


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 里村欣三は正直でありすぎたしまっとうでありすぎた。私が無念に思うのは、ありていに言って里村は、もう少し要領よく、もう少し俗人であればという感慨である。しかしそれは里村欣三にとって無理な注文であり、もし里村が生きていれば、私は彼から叱責されるにちがいないであろう。
    −−高崎隆治「里村欣三の人間像」、里村欣三顕彰会編『里村欣三の眼差し』吉備人出版、2013年、3頁。

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里村欣三顕彰会編『里村欣三の眼差し』吉備人出版届いてました。関係者の皆様ありがとうございます。「デモクラシーの大正、戦争とファシズムの昭和、時代と正面から切り結んだ異色の作家里村欣三」。帯が秀逸 ※原稿間に合わずすいませんでしたorz

文芸戦線派の作家として活躍し従軍作家としての顔をもつ「里村欣三ほど誤解され忌避された作家は、この国の文学史上稀れである」(高崎隆治)。全てが統制下の時代の「抵抗」とは錯綜的であり、単純な二元論でその「眼差し」を捉えることは不可能だ。高崎先生は「コンテクストを読め」と絶えず言われた。

徴兵を忌避し満州へ逃亡した里村欣三は苦力として「生きた」。そして40代で輜重兵、大戦下は、報道班員として戦地へ。単純に「転向」と片づける論者は多いが、それは果たして正確だろうか。里村の文章を読むと、それがプロレタリア小説であろうと、戦地からの報告であろうと「変化」は全くない。

里村欣三の生まれ故郷に建立された文学碑には「この世の中のすべてが嘘であつても、私は人を信じて生きて行きたい」との言葉が刻まれている。ここにカテゴリーに抗うその人柄をしのぶことができる。比較的入手しやすいのは『河の民』中公文庫(絶版ですが。関心のある方には手にとってもらいたい。

戦中の1943年に出版された里村欣三の『河の民』は副題の通り「北ボルネオ紀行」。ここでどうしても想起するのは、鶴見俊輔さんだ。捕虜交換船で帰国後、海軍軍属として同じ年にジャワ島に赴任している。鶴見さんがあえて帰国して軍属となったことの意義を対岸の里村と重ね合わさずにはいられない。

ちなみに里村欣三の『苦力頭の表情』、『シベリヤに近く』、そして『放浪の宿』は青空文庫で読むことが出来ます。







作家別作品リスト:里村 欣三





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里村欣三の眼差し
里村欣三の眼差し
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里村欣三生誕百十年記念誌
吉備人出版

覚え書:「書評:『古代豪族と武士の誕生』 森公章著 評・上野 誠」、『読売新聞』2013年02月24日(日)付。




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『古代豪族と武士の誕生』 森公章

評・上野 誠(万葉学者・奈良大教授)
昔も役人はつらいよ


 某県に出向しているキャリア官僚から、こんな嘆きを聞いたことがある。「上野さん、一月ってもう大変なんです。新年会の梯子はしごで、一日五つや十はざら。たいへんなのは挨拶で、○○組合、○○協議会と名前は違うけど出席者は八割は同じ。挨拶の内容を変えなきゃいけない。それに、お金もかかるし」。私は、本書読了後、以上の言葉を思い出した。

 話は1300年前に飛ぶ。国司こくしすなわち律令国家の地方官が、任地に赴任しても、実際にその土地で働くのは、その土地を代々治める郡司ぐんじなのである。したがって、郡司がそっぽを向けば、国司はその任務を果たせない。もし、紛争が起これば、突然、矢が飛んでくることも、放火にあうことも、あるのだ。ではどうやって、国司は、郡司たちを手懐てなずけるのか。ここが、本書の見所だ。郡司たちの子弟を、花の都の下級役人に採り立てるのである。郡司の子どもは、男なら、天皇や貴族の家で事務官として働き、女なら采女うねめすなわち下級の女官として働く。采女の中には天皇の子を宿す場合もあるから、大出世となることも。二つ目の懐柔策は、郡司たちの領地を国司が保証してやるという方法である。いわば、口利きだ。本書は、こんな上申書からはじまる。「私め他田神護おさだのじんごの祖父、父、兄は代々領地を世襲しておりますし、また私自身も平城京でご立派な御身分ごみぶんの方々の家で忠勤してまいりました。したがいまして、下総国しもうさのくにの海上郡うなかみぐんの郡司のお役は是非、私めに任命して下さい」という文書である。現在の千葉県香取郡・市域を代々治める郡司の言葉だ。ただし、この文書は、事務能力抜群で、能書家であった安都雄足あとのおたりという人物に代筆してもらったようだ。

 さて、話は冒頭に戻る。では、とどのつまり、郡司たちと仲良くなる一番の方法は何か。それは宴会だ。かの万葉歌人大伴家持も、最大限に郡司たちを褒め讃たたえる歌を作っている。全国会議員、全国家公務員、必読の書、ここに現る!

 ◇もり・きみゆき=1958年、岡山県生まれ。東洋大教授。著書に『遣唐使の光芒』など。

 吉川弘文館 1700円
    −−「書評:『古代豪族と武士の誕生』 森公章著 評・上野 誠」、『読売新聞』2013年02月24日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130219-OYT8T01017.htm








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覚え書:「書評:『暮らしのイギリス史』 ルーシー・ワースリー著 評・平松洋子」、『読売新聞』2013年2月24日(日)付。




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『暮らしのイギリス史』 ルーシー・ワースリー著

評・平松洋子(エッセイスト)

 チューダー朝の男性の性的魅力はふくらはぎ(下着)。十七世紀、妊娠するには女性のオーガズムが必要不可欠とされた(セックス)。裕福な患者が貧困者から歯を譲り受け、口から口への移植が大流行(歯磨き)。

 肉を焼くために、特別に品種改良された焼き串回し犬が活躍(料理)。朝食は賃金労働者の食事とみなされ、座って食べるのは男の沽券こけんにかかわった(食事時間)……全364ページ、中世以降あらゆる階層の人々が繰り広げるイギリス生活史は、おや、まあ、へえ! の連続。住まいの細部事情を覗のぞき見ながら、わたしは、過去に生きた人々が間近で動き回るような親近感と好奇心を覚えた。

 著者はイギリスの主要な王宮を管理する組織の主席学芸員。その立場を生かした資料渉猟に止とどまらず、尿を利用するチューダー朝の染み抜きを試したり、秘薬を飲んでみたり、実体験の裏づけを厭いとわない。本書にリアルな生活臭が色濃いのは、身体と歴史との関係性を見落とすまいとする視点が通底しているからだ。図版も多数収録。眠れない夜の読書にも、きっと楽しい。中島俊郎、玉井史絵訳。(NTT出版、3600円)
    −−「書評:『暮らしのイギリス史』 ルーシー・ワースリー著 評・平松洋子」、『読売新聞』2013年2月24日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130219-OYT8T01024.htm






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暮らしのイギリス史―王侯から庶民まで
ルーシー・ワースリー
エヌティティ出版
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