覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 ようやく半歩踏み出した 子供の貧困対策大綱=湯浅誠」、『毎日新聞』2014年09月10日(水)付。

1

        • -

くらしの明日
私の社会保障
ようやく半歩踏み出した
子供の貧困対策大綱
湯浅誠 社会活動家

 「すべての子供たちが夢と希望を持って成長していける社会の実現」−−いい言葉だ。
 子供たちは日本の将来を担う一番の宝だから、子供の貧困対策は、貧困の連鎖を断つだけでなく、将来を支える積極的な人材育成と位置付けられる必要がある。そのために、子供の生活や成長を権利として保障する観点から、その実態に即して、養育・保育・教育・福祉と切れ目のない支援を実施する必要がある。−−まさにその通り。
 これを、大規模災害の遺児・孤児、生活保護家庭や児童養護施設の子供などを含め、一人残らずおこなう。−−「すべて」とはそういうことだ。
 立派な文章だ。8月29日に閣議決定された政府の「子供の貧困対策大綱」の内容である。ただ、貧困率削減の数値目標設定は見送られた。文章は立派だが、その実行には自信を持ち切れなかったのだろう。ひとり親世帯に支給される児童扶養手当の増額度、ある程度の財源を必要とする経済的支援が見送られたことが大きい。規制改革や教育改革で「実行」を重視してきた安倍晋三首相にとって、そこまでの課題ではないということか。
 しかし、スクールソーシャルワーカー(SSW)の3倍増など、子供の貧困対策法が弾みになったと思われる施策もある。これで小中学生約1万人に1人の配置だったSSWが3人になる。ため息の出るような割合だが、ついこの前まで「貧困などない」と言っていた国の話である。現実を直視するしかない。
 また今回の大綱では、学校を「子供の貧困対策のプラットフォーム」と位置づけた。婦ラットふぉ^むと派学校を、子供に関するさまざまな支援機関が額を寄せて話し会う「場」にするという意味だろう。これまで子供の貧困問題に必ずしも積極的とは言えなかった文部科学省が一歩踏み込む覚悟を宣言したものとして歓迎したい。
 もちろん、さまざまな支援機関が出入りすれば学校教員の調整コストは増える。経済協力開発機構OECD)加盟国で最長の教員労働時間を見直していく必要性はますます高まる。
 ようやく半歩踏み出した。率直にはそういう印象だ。今後の課題は多い。大綱は、おおむね5年ごとの見直し検討をうたう。しかし、過去最悪を記録した子供の貧困率の自戒発表は3年後だ。4Kテレビ放送など、力のこもっている案件はしばしば前倒し実施される。事は「我が国の将来を支える積極的な人材育成」(大綱)に関わる。「実行実現内閣」の実行実現力に期待したい。
子供の貧困率 平均的な年収の半分を下回る所得で暮らす18歳未満の子供の割合を指し、厚生労働省が3年に1度公表する。2012年は16・3%で、前回調査(09年)より0・6ポイント悪化した。これは、先進国が多いOECD加盟国(34カ国)で9番目に高い数字で、深刻なデフレに伴い子育て世帯の所得が減ったことが原因と見られる。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 ようやく半歩踏み出した 子供の貧困対策大綱=湯浅誠」、『毎日新聞』2014年09月10日(水)付。

        • -


子供の貧困対策に関する大綱について
http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/pdf/taikou.pdf

第3節 子どもの貧困(平成25年度版 子ども・若者白書)
第3節 子どもの貧困|平成25年版子ども・若者白書(全体版) - 内閣府

20140910_wed_yuasa

Resize2078

日記:ベストを求めるあまり、微温的なことを言う者を排除していけば、結局最悪の政治指導者を招き寄せるという結果につながる

1_3



        • -

政策転換の経験と今後の財産
 市民に求められるのは、程度の違いを見極める能力と、政策変化についてある程度の満足を感じる「ゆるさ」である。地上で理想を実現することが不可能であることは、すでに繰り返し述べてきたとおりである。理想を追求するあまり、漸進的な政策の改良を生ぬるいと否定していては、何の前進も起こらない。ある程度前向きの変化が起こったところで、大満足とはいかなくても、ほどほどの満足を得るべきであり、そのことを政治に対してもフィードバックする必要がある。
 理想主義、完全主義の落とし穴は、日本の脱原発運動にも見られた。二〇一二年の脱原発運動の高まりは、当時の民主党政権によるエネルギー政策の改定作業にも、大きな影響を及ぼした。野田佳彦政権が結局大飯原発の再稼働を決定したことは、運動側から見れば裏切りであろう。しかし、同じ政権がエネルギー戦略の中で、「二〇三〇年代に原子力発電を0にするためにあらゆる政策資源を投入する」というビジョンを決定したことは、大きな変化である。それまでの政府は、原発の安全性を強調し、その推進を謳ってきただけである。最終目標として原発ゼロを掲げたことは、画期的であった。
 これに対して、時期が遅すぎるとか、文言が曖昧だといった批判を投げかけて、政策転換を否定しては、むしろ脱原発という大きな政策目標に逆行するのである。二〇一二年七月九日に行われた脱原発を求める国会包囲デモの光景である。集団の中央に、「野田政権打倒」というプラカードが掲げられている。即時原発廃止という高い理想を追求する人々にとっては、大飯原発再稼働を決めた野田政権は許せないので、すぐに辞めろと言いたくなるのであろう。しかし、野田政権を倒した後にどのような政権ができて、原発に関してどのような政策を進めるか、具体的に考えていなかったからこそ、脱原発運動参加者はこのようなスローガンを唱えたのであろう。皮肉な言い方をすれば、野田政権打倒というスローガンは、同年末の総選挙で実現された。その結果、早く原発を再稼働したくて仕方がない自民党が政権に復帰し、二〇三〇年代原発ゼロという野田政権の方針もゴミ箱行きとなった。
 民主政治に参加する市民は、この一連の経験から、教訓を学ばなければならない。民主政治において、理念と理想は何よりも重要である。しかし、同時に理想になかなか近づけないまどろっこしさに耐えなければならない。大事なことは、どこまでできたか、ではなく、どこに向かって進むかという方向性である。脱原発派は、政府が時期は別として、原発ゼロという目標を設定したことを好機ととらえるべきであった。その方針を支持したうえで、次の段階において、より速く、より徹底的に目標を実現するための努力を払うべきであった。同じ方向に向かって進む者は、速度が速いか、遅いかという違いはあっても、仲間である。仲間を少しでも増やして、政策決定を有利に進めることが、民主政治の王道である。
 理想主義、完全主義に固執して、それを共有しない他者を攻撃することと、運動や市民の無力さをなげくことは、表裏一体の現象である。野田政権打倒のエピソードで説明したように、ベストを求めるあまり、微温的なことを言う者を排除していけば、結局最悪の政治指導者を招き寄せるという結果につながる。まさに、地獄への道は善意で敷き詰められている。一歩づつの前進にそれなりに手ごたえを感じつつ、継続的に政治にかかわり続けるというのが本来の現実主義である。
 厳しい現実の中で、理想を掲げて、一歩づつ歩む市民の力が、求められている。理想に関する魯迅の小説、「故郷」の最後の部分の言葉を引いて、本書の結びとしたい。
 希望とは本来あるとも言えないし、ないとも言えない。これはちょうど地上の道のようなもの、実は地上に本来道はないが、歩く人が多くなると、道ができるのだ。[魯迅二〇〇九:六八−八九]
    −−山口二郎『いまを生きるための政治学岩波書店、2013年、227−230頁。

        • -

一国の首相から民衆の一人ひとりにいたるまで、ネトウヨ思考の汚染の拡大の勢いが激しい。だからこそ、それに抗う必要はあるのだけど、その抗い方においては、コピーペーストよろしく同じ言葉しか吐くことが出来ない金太郎飴化するネトウヨ的合同でやるのではなく、多様な展開というのが必要なのではあるまいか。

もちろん、その多様さの中には、まゆつばものも存在することを否定することはできない。しかし、そのことを「スルー」というのでもなく、眉間にしわを寄せて「脚を引っ張る」というのでもなく、対峙する一点を共有し、相互に訂正しながら、軽挙妄動に向き合い「続ける」ことが必要なのではあるまいか。

それは、同時に新しい連帯の形を創造していく挑戦にもなるのではあるまいか。

そうしたねばり強さ、漸進主義が今こそ必要なんだろうと実感する。




Resize2036



いまを生きるための政治学 (岩波現代全書)
山口 二郎
岩波書店
売り上げランキング: 215,311

覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 社会的排除状態に危惧=湯浅誠」、『毎日新聞』2014年08月13日(水)付。


1

        • -

くらしの明日
私の社会保障
社会的排除状態に危惧
児童虐待相談数7万件超え

湯浅誠 社会活動家

 児童虐待の相談対応件数が昨年度、7万件を超えた。1990年度が1101件だったから、約25年間で約70倍に増えた計算だ。背後には問題意識の高まりがある。いわゆる「泣き声通報」の中には誤解に基づくものもあるだろうが、それによってより多くの子どもたちが深刻な事態に至る前に対応されているのだとしたら、喜ばしいことだ。
 しかし、発見は解決ではない。特に虐待のように精神的に深い傷を残すものは、発見した後に、本人と本人を支える者たちによる長い長い「闘い」が始まる。簡単には支援の終結には至らない中で発見機能が高まっていけば、支援機関はパンクする。都市部の自治体の児童相談所は、すでにそのような状態になって久しい。
 発見は重要だ。その上で、その後の対応にも社会の目が向くといい。人によってはかなりの長期に及ぶ対応機関を専門家だけに委ねるのだとしたら、支援スタッフの増員が欠かせないが、それには費用がかかる。本人(子ども)に支払い能力がない異常、税金などでまかなうしかない。
 他方、公務員は長く減額・削減の対象であり、大幅な増員に関する社会的合意はない。結果として「より対策を充実させるべきだ」と「行政機能はスリム化すべきだ」という相反する欲求のはざまに子どもたちが落ち込んでいく。
 私たちは、このような状態を社会的排除と呼んできた。誰もが「何とかすべきだ」と言う。しかし同時に、誰もが負担は忌避する。結果として十分な仕組みが整備されず、誰かが排除される状態が続いてしまう。
 もちろん、そもそも親が虐待しなければいいし、起こってしまった虐待に対しては行政機関が大量かつ完璧に対応すればいい。それができれば、子どもたちが相反する欲求のはざまに落ち込むことはない。だから私たちは、虐待の事件などが報道されるたびに、親を責め、役所を責める。
 しかし、どれだけ親を責めても、どれだけ役所の対応を叱責しても、悲劇は繰り返し起きてしまう。だとしたら私たちは「親と役所がしっかりしてさえいれば、こんな問題は起きない」という自らの思いこみ自体を疑ってみる必要がある。それは本当に現実的な想定なのか、と。
 社会的排除とは、「社会」が引き起こす「排除」である。そして社会は、私たち一人ひとりが構成している。親だけ、役所だけの問題と考えているうちは、虐待を生き延びた子どもたちをきちんと支えられる社会にはならないのではないか、と私は危惧している。

児童虐待相談の急増 児童虐待相談件数が23年連続で過去最多を更新した背景には、2008年に虐待通告された自動の安全確認を義務化したことで、埋もれていた虐待事案が明るみに出た側面がある。昨年からは虐待を目撃したきょうだいも安全確認の対象とされた。この他、親が子どもの目前で配偶者に暴力を振るう行為の通告も増えている。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 社会的排除状態に危惧=湯浅誠」、『毎日新聞』2014年08月13日(水)付。

        • -



20140813_wed_yuasa

Resize1841





ヒーローを待っていても世界は変わらない
湯浅 誠
朝日新聞出版 (2012-08-21)
売り上げランキング: 46,410

書評:ガート・ビースタ(上野正道、藤井佳世、中村(新井)清二訳)『民主主義を学習する 教育・生涯学習・シティズンシップ』勁草書房、2014年。

1_2




ガート・ビースタ(上野正道、藤井佳世、中村(新井)清二訳)『民主主義を学習する 教育・生涯学習・シティズンシップ』勁草書房、読了。「民主主義の学習とは、政治における主体化である。学校や社会でいかに民主主義を学んでいくのか、理論的・歴史的・政策的に考察する」とある。欧州の公民教育を素材に「民主主義を取り戻す」方途さぐる一冊。




Resize1513




民主主義を学習する: 教育・生涯学習・シティズンシップ
ガート ビースタ
勁草書房
売り上げランキング: 107,140

書評:内田樹・中島岳志・平松邦夫・イケダハヤト・小田嶋隆・高木新平・平松克美『脱グローバル論 日本の未来のつくりかた』講談社、2013年。

1




内田樹中島岳志平松邦夫・イケダハヤト・小田嶋隆・高木新平・平松克美『脱グローバル論』講談社、読了。平松前大阪市長主催の公共政策ラボでの連続シンポジウムの記録。グローバリスト=ナショナリストイデオロギーにどう対抗するのか。「日本の未来のつくりかた」(副題)を多分野の識者が構想する。

世界は急速にフラット化し、国民国家の諸々の障壁が融解し、風通しがよくなると夢想されたグローバリズムだが、日本での実態とは「社会制度を『弱者ベース』から『強者ベース』に書き換える動き」がその実だったのではないだろうか。しかも、その20年の歩みにおいて、多くの国民が嬉々として同意署名したのは不思議なことだ。

グローバル人材wの要件とは何か。それは「高速機動性」。その本質は素早さだ。英語でガシガシ交渉し「自分の祖国が地上から消えても、自分の祖国の言語や宗教や食文化や生活習慣が失われても、私は別に困らない」と言い切れる人間たちが「最強」と格付けされる。

しかしグローバル人材とは「その人がいなくなると困る人がまわりに1人もいない人間」のことでもある。再弱者と格付けされるのは、「地に根付いた」最底辺の労働者・最も非活動的な消費者だが、地に根付いた人々こそミニマム社会へのスライドへの先駆となろう。

4回のシンポジウムは「グローバル社会VS国民国家のゆくえ」、「おじさんと若者たちとの対話」、「衆院選直前! 『政治』について考えよう」、「新しいジモト主義が日本を救う」。「地味でもいいから少しづつ『気付いた人』の輪を広げていきたい」(平松)。


 






Resize1379




脱グローバル論 日本の未来のつくりかた
内田 樹 中島 岳志 平松 邦夫 イケダ ハヤト 小田嶋 隆 高木 新平 平川 克美
講談社
売り上げランキング: 128,265

書評:本田由紀『社会を結びなおす 教育・仕事・家族の連携へ』岩波ブックレット、2014年。

1




本田由紀『社会を結びなおす 教育・仕事・家族の連携へ』岩波ブックレット、読了。行き詰まり混迷を深める現代日本。その淵源をどう理解すればよいのか。本書は戦後日本に誕生した社会システムを教育・仕事・家族が一方向にリンクした「戦後日本型循環モデル」と捉え、その誕生と普及、破綻を概観する。

高度経済成長期〜安定成長期の日本を縛り続ける「戦後日本型循環モデル」は偶然といってよい諸要件から誕生する。その特徴は「仕事・家族・教育という三つの異なる社会領域の間が、?きわめて太く堅牢で、?一方向的な矢印によって結合されていた」という点である。

仕事・家族・教育という三領域を繋ぐ矢印はヒト・カネ・ヨクがよじり合って成立し、ある領域から次の領域には、教育機関が学生を社会人として会社へ引き渡すがごとく、人間が送り込まれるていく。そこでの人間は性別年齢に応じた役割分業が励行されることでシステムが拡大再生産され、その組織は強い凝縮性と同調同圧の特色を備えていく。

経済の安定成長を背景に戦後日本型循環モデルは、理想的教育・仕事・家族という日本型成功物語を語るが、三領域を繋ぐ矢印の自己目的化の進行は三つの社会領域の本質的な存在理由を空洞化してしまう。何のために働くのか、学ぶのか、愛するのかが後に置かれる。

いい学校に入り、いい企業に入り、お金を稼いで家庭をもつ−−こうした社会モデルは、バブル崩壊後、それを支える環境要因が失われることで「底が抜けてゆく」。これまで三領域間に成立した矢印が、ある領域からン別の領域へ資源を注ぐことができなくなってしまった。

「かつての戦後日本型循環モデルは、もう維持することは不可能ですし、それが内包していた諸問題を思えば、維持しようとすることは望ましくもありません」。これが現状。規制が機能しない所に規制緩和をもとめる如き事態をもっと悪化させるだけ対応改革ばかりである。

戦後日本型循環モデルは矢印が一方向的故にその矢印が肥大化し、循環の自己目的化で破綻した。ならば「その矢印を一方向ではなく双方向的なものに持っていく必要があるのではないか」。各領域間で相互に支え合うとともにお互いを尊重しつつ連携することを目指すべきであろう。

具体的に著者は、1)財源の問題に関しては、資源の再分配による不平等の軽減、2)今なお多大な財力や権力を握る地位にある団塊世代が関心を持つこと、3)性別役割分業規範のような従来モデルの元で生成された価値観や規範を更新すること、が必要ではないか。

個人の行動や責任ではどうにもならない構造的破綻を前に「働かざるもの食うべからず」とか「苦しいのは自業自得」といってもはじまらない。「このままではだめだ」だが、循環モデルの呪縛に囚われず脱却や変革を志向する若き人々と連携するほかない。


 






Resize1364




書評:小森陽一『レイシズム』岩波書店、2006年。

1_2





小森陽一レイシズム岩波書店、読了。21世紀に入ってより強化されているレイシズム(人種差別主義)。本書は現代におけるレイシズムを自他の「差異」「優劣」をねつ造するメカニズムと捉え、差別意識の発生に言語システムが深く関わっていることを明らかにする。現在の差別と対峙する思考導く1冊。

著者は『エンシクロペディア・ウニヴェルサリス』(アルベール・メンミ執筆項目)に採用された人種差別主義の定義を導きの糸にしながら、差異が差別に転換するメカニズムの不当性(自己正当化と思考停止、不在の優越性への欲望)を概観する。

定義は次の通り〜
「人種差別とは、現実の、あるいは架空の差異に、一般的、決定的な価値づけをすることであり、この価値づけは、告発者が自分の攻撃を正当化するために、被害者を犠牲にして、自分の利益を行うものである」(エンシクロペディア・ウニヴェルサリス)。


異質なものとして「表象する」ということは「表象する」たえに使用している言語システムを共有する者たちの間で、「表象する」対象が「われわれ」とは「異」なっているということを、言語として定着する行為の実践が不可欠になる。

差別意識の発生には「言語システム」が果たす役割が不可欠。著者は言語獲得の構造から解き起こし、ジラール赤坂憲雄の議論から暴力と排除のメカニズムの特色とその欺瞞を明らかにする。後半の永井荷風のテクスト分析はその経緯を補完する。現在手に取りたい一冊だ。



 




Resize1212



レイシズム (思考のフロンティア)
小森 陽一
岩波書店
売り上げランキング: 101,176